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それから、一週間後、ジャンが見つけてきてくれたのは、軍の清掃の仕事だった。
ずっといた掃除のおばちゃんの一人が腰をやってしまって抜けるので、そこにわたしを入れてくれるんだという。軍での仕事のことならみんなの目もあるし、安心だろとジャンが見つけてきてくれて、わたしの面倒を見てくれるヒルダという先輩おばさんも優しくて、自分でお金も稼げるし、わたしはすっかり安心している。

自分で稼いだお金で、杖の材料となる木の江とシュロを買ってきて、箒を作った。
大佐さんの錬金術。あれはホグワーツの授業で聞いていたような錬金術とは全く違う。錬金術って、マグルの世界では科学の基礎になったようなものだけど、大佐さんのものはまるで魔法だった。そこに希望を感じる。きっと、魔法との繋がりや糸口が見出せるはず。そう信じて、わたしは毎晩飛行術の練習をすることにした。

『上がれ』
『上がれ』
『上がれ』
「上がれ』

『────上がれ』

すると箒が!箒が少し動いた!!魔法を使おうとすると、まるで水の中で動いているように、何か重たい膜を感じる。でもその膜の抵抗に逆らって意識を集中させると、わたしが伝えようとする呪文が物に少しだけ伝わるのがわかった。まだ物の姿を変えるような、物の魂を変えることはできない。でも、少しずつ言葉が通じるようになって、『上がれ』の言葉で箒がわたしの手に吸い付いた!涙が出た!初めて空を飛んだ12歳の時を思い出して、胸がいっぱいになった。

大丈夫。きっと、大丈夫。魔法を取り戻せる。

けれど、マグルの世界(?)で魔法を使っても、わたしが当初頼みにしていた魔法省からの手紙は届かない。どこにいたって未成年が魔法を使えば魔法省が見つけ出して、そのあとは「恐ろしいこと」になると聞いていたのに、魔法省は箒に跨って少し浮遊するわたしに何も言ってこない。魔法省がわたしを見つけてくれていないことが怖くてたまらない。でも、少し何か手掛かりが掴めた気がする。負けない。わたしは、負けない。絶対家に帰る!

そう思って、毎晩箒と杖と格闘して、そのまま眠り込んでしまう。
目が覚めると、うーん、と体を伸ばして、とりあえず暖かいミルクでも飲もうと、わたしは冷蔵庫を開けた。窓の外から見える町並みはまだ霧が掛かっている。窓を開ければ冷たく清潔な早朝の風が頬を撫でる。いつもより少し早く目が覚めたらしい。

ここは、ほんとに、どこなんだろう。

ふっとそんな事を思った。



そうして、あの夜から一週間が経った。
錬金術がわたしがホグワーツで習っていたものとはまるで違っていて、この世界では錬金術師が職業として存在していることを知った。
仕事はまだまだ大変だけど、仕事から帰ってきてからのランニングも始めたし、男子トイレに入っていくのだって平気になったし、ジャンがいなくても一人で帰れるようになったし、どんどんこっちの生活に馴染んできたような気がした。それにヒルダは気を利かせてくれたのか、大佐さんの執務室の担当をわたしにしてくれた。執務室なんて、偉い人の部屋なのに、それだけ信頼してもらえるようになったのかな、ってすごく嬉しい。


それと、ヒルダが休憩時間に読んでいる新聞を読ませてもらって分かったけれど、ここはやっぱり軍の国で、軍が政治的主導権を握っていて、職業としての錬金術が存在して……物凄い数の女性が誘拐されている。大佐さんも、リザさんも、ジャンも、この事件を担当して、解決しようとしているみたいで、大佐さんの執務室や、ジャンのいるオフィスを掃除しにいくと、空気がとてもピリピリして、電話が沢山鳴って、みんなひどく忙しそうだ。そんなみんなの様子を見れば、わたしだって早くこの事件が解決すれば良いと思うけれど、でもできる事なんてなにもない。話せることだってない。
……だけど、何かしたい。
大佐さんがわたしを軍の官舎に住ませてくれているのは、ボランティアでも慈善事業でもなんでもない。


わたしから情報が欲しいからだ。


それは分かっている。分かっているけど、でも話せることなんて何もない。
この世界の法則が多少向こうと違うのは分かったけれど、だけど、わたしが魔女だと証明できる手立てはないし、飛行術を見せてもいいけれど、まだ人前でやった事がないから、いざって時にまた何もできないかもしれない事を考えると、怖い。第一、説明するったって、どこから説明したら良いのか分からない。

わたしが日本という国出身で、ホグワーツという学校に通って魔法を勉強していて、ある日突然こっちへ飛ばされてきて、そしていきなりこの世界の重要な事件に関係していましたぁ、って?

うっそ臭いことこの上ない!
最初のあの、魔女だと告白したときの大佐さんの顔を思い出すととてもじゃないけれど、事情を説明できそうな気がしない。……だから、何か説明できるような、証拠になるような確かなものを掴んでから、話そうと思う。あの人たちは、色んなマイノリティに対する偏見も差別もしない人だと、そう思えたから。

「夢子です、お掃除はいりまーす」

ノックしてから、入りたまえ、という聞きなれた返事をもらってから、ドアを開ける。やばっ、お客さん!
部屋には大きな鎧がいた。失礼しました!とドアを閉めようとしたところで、大佐さんから「構わないよ」と声が掛かってドアを開けて、カートを押して中へ入る。鎧が振り返る。うわぁ、本当に鎧だ。ホグワーツに置いてあった鎧よりも、縦横大きい。軍施設だし、鎧の人もいるんだろうなー。もうちと近代的な軍隊かと思ったんだけど、まだ騎士とかがいるのかな。不思議だ。とか思っていたら、鎧の他にもう一人、男の子がいた。金髪で、目立つ赤いコートを着た男の子は、わたしを見るなり珍しそうな顔をするけど、言わせてもらえばこっちの方が珍しい。

「あの、今お掃除大丈夫なんですか?」
「ああ、構わない。彼らは客のようで客じゃないから」
「んだよ、それ!俺達は立派なお客様だぜ、大佐」
なっ、なんて生意気な子なんだー!っていうか、“大佐”相手にこんなに堂々と口が聞けるなんて……あ、もしかして

「大佐さんのお子さんですか?」
そう尋ねると、同時に、大佐さんも金髪の男の子も心底嫌そうな顔をして顔を歪める。男の子なんが「げぇー!ありえねえだろ!!」とまるでえげつないものでも見るような顔をするし、大佐さんは大佐さんで嫌そうな顔をする。あれ?違ったか。

「……夢子、君は私にこんな大きな子供が二人もいるように見えるのかね?」
「…さ、さぁ?大佐さんがご結婚されているのか、昔ちょっと遊んじゃってたのかとか知らないので……」
「……………………夢子、もう少しお互いについて理解を深めた方が良さそうだね。とりあえず私は今、独身だ」


結婚した事もないし、子供を持った記憶もない、と大佐さんは苦々しく吐き出し、男の子はまだ喚いている。っていうか、ふたり?じゃあ、こっちの鎧の人も子供?
鎧を見上げると鎧はガシャコンと動きながら頭をぺこりと下げる。

「アルフォンス・エルリックです。お姉さんは大佐と仲が良いんですね」
かっ、かわいい!!!声がすっごくかわいい!!!!
声変わりの感じから言えばこっちの鎧の子の方が弟…かな?この二人が兄弟だとしたら。っていうかデカい弟だ!!

「あ、えっと、夢子・山田です。すぐにお掃除済ましちゃいますね」
「夢子、気にしなくていい。弟くんの方はもう自己紹介を済ませたようだね。紹介しよう、この五月蝿いのが、鋼の錬金術師、エドワード・エルリックだ。彼も国家資格を持っている」

誰が五月蝿いって、誰が!と喚く様子は言っちゃなんだが五月蝿い。でも元気の良い子だな。っていうか、国家資格?こんなちいさな子供が?どこの世界にも天才少年っているんだなぁ、と感心していると、エドワードと呼ばれた国家資格天才少年がむすっとした顔をわたしに向ける。

「アンタ今失礼なこと考えただろ?」
「え?」
目をぱちくりさせると、エドワードは、まあいいや、と吐き出して手を差し出す。

「エドワード・エルリックだ。よろしく」
「よろしく、夢子・山田よ」
差し出された手を握って握手した時、その手があまりにカタイことに気がついた。
ちょっと驚いた顔をしたのが分かったのか、エドワードはふんと笑う。

「オートメイルなんだ」
「オートメイル?」聞き返すとエドワードは怪訝そうな顔をする。
「オートメイル知らねぇの?セントラルでも珍しくないと思うけどな、軍人の街だし」
義手、ってことかな、とそれでもはっきりしない顔をしていたわたしに、大佐さんが助け船を出してくれる。

「鋼の、彼女はちょっと記憶が曖昧なんだ。…夢子、オートメイルというのは義手義足のことだ。アメストリスの先の内乱でオートメイルの需要は広まっている。彼も内乱に巻き込まれた一人だ」
内乱……、と驚くとそれにすらエドワードは驚く。

「アンタ、記憶が曖昧って……なんにも知らないんだな」

全く持ってその通りなので、アルフォンスが「兄さんっ、失礼だよ!」と可愛い声で咎めるけれど、わたしは曖昧に頷いた。
そうか、この国は内乱まであったのか。そりゃ…これだけ軍が主導権握った国家なんだから、軍の需要がある、戦争がある国だったってことなんだろうけれど、日本に生まれたわたしにはやはりどこか遠い国のことのように感じられた。自分が何も知らないことを、なんだかひどく実感する。今日が金曜日。明日はお掃除の仕事はないし、大きな町なら図書館だってあるだろう。すこし、図書館でこの国の歴史とか調べた方が良いな。でもそのまえに…

「あの、大佐さん」
声を掛けると大佐さんは、ん?というような顔をする。わたしは雑巾をぎゅっと握り締めてから、おずおずと言う。

「明日、わたしがいたっていう教会へ行ってみたいんです」

そう切り出した瞬間、大佐さんの表情がぐっと真剣になった。
今まで見ていたようなにこにことした、そんなやさしいだけの笑顔ではなくなった。真剣で、仕事をする目になった。そんな目をこの人から向けられたのは初めてで、息を呑んで緊張し始めた体をごまかすように、わたしは再度ぎゅっと雑巾を握り締める。そんなわたし達を見て、エドワードとアルフォンスが不思議そうな顔をする。


「何かを思い出したのかな?」


大佐さんの声だけはやさしい言葉に首を振る。
何も思い出してはいない。だって何も忘れていないから。
だけどあそこにあの手帳からのポートキーが繋がっていたんだとしたら、きっと何かヒントがあるはず。いくらホグワーツだからって、いくらなんでも図書室からこんな場所まで飛ばされることなんてないはず。何の理由もなくただ唐突に飛ばされることなんてないはず。
……多分。何か、何か意味はある筈だ。その意味が、あそこにあるのなら―――……


「わかった。まだ軍の監視があるから、このサインを持っていきなさい。私の名を出せば良い」
大佐さんがデスクから何か紙を取り出して、そこにさらさらと一筆したため、サインをしてくれる。渡してくれた通行証をぎゅっと、だけど大切に胸に押し抱いて、わたしは頷く。


「というわけだ、鋼の、アルフォンスくん、夢子と一緒に町外れにある古い教会へ行ってくれるな?」
「はぁ?なんでオレ達が?オレ達は先を急いでるんだぜ?」
「にいさん、そんなに言わなくても…」
ぎょっとして飛び上がりそうな勢いになるエドワードに申し訳なくなる。

「大丈夫です。住所さえ教えてくだされば自分で行けます」
「夢子、それは止めておいてくれ。恥ずかしながら、若い女性にとって今のセントラルの治安は良いものじゃない」
そう言われるとぐっと言葉につまる。この世界の人間じゃないとか、魔女だとか、そんなことは他人にとってはどうでも良いことで、分かるはずもないことだ。身を守る術だった魔法が使えないなら、わたしなんてマグルと何も変わらない。


誘拐犯たちにとっては、わたしはただの女だ。


「だけどそんな…そうひょいひょいと誘拐されたりするものじゃないだろうし…」
「ではこう言い換えよう。君はまだ軍で“保護”されている身だ。一人で出歩かないで欲しい。特にあんな場所にはね」
これはお願いでもアドバイスでもないという事は分かるね?と指を組んで言葉を続けた大佐さんに言い返す言葉がなくなる。心配されてるわけじゃなくて、ふらっとわたしにいなくなられたら困るんだ。
だけど、とそれでも何か言葉を探そうとするわたしの耳に、エドワードの盛大な溜息が漏れた。


「言ってみただけで、別に行かねーとは言ってねーだろ」
驚いてエドワードを見れば、エドワードはその利発そうな金色の目でわたしを見上げて、その銀髪の頭をがしがしと掻き乱しながら溜息を漏らす。




「しゃあねえから、明日一日、付き合ってやるよ」