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わたしが待ち合わせ場所の軍の前の広場へと到着すると、そこにはエドワードもアルフォンスも既にやってきていた。たっぷり時間に余裕を持ってきたと思ったんだけど、一足も二足もあちらの方が先だったみたいだ。

「ごめん!遅くなった!」」
「…べつに。俺ら軍の休憩室で一泊したからさ」
「それより夢子さん、本当に女の子だったんですね」
…そりゃどういう意味だ、アルフォンス?ん?と眉を寄せると、アルフォンスはその大きな鎧の腕をぶんぶんガシャガシャと振って「違うんです!違うんです!だって今日は私服だから!」と否定する。なんでこんなに可愛く見えるんだろう…。こんっな大きな鎧なのに、まるでやさしい大きな生き物じみた可愛らしさがある。中はどんな子なんだろう。

「あの、だって昨日は掃除のおばさんの格好をしてたから…」
ああ、そういうことか、と合点がついて笑うと、エドワードも噴出すように笑った。
「あんたの事は昨日大佐から大体聞いたぜ?ま、なんか思い出してくれると良いんだけどな」
「…努力します」
んなかたくなんなって、とエドワードは笑いながら立ち上がり、うーん、と伸びをした。

「よし、行きますか」




3人で並んで、ぐんぐんセントラルの街を歩く。
軍と官舎周辺と三番街しか歩いたことのないわたしにとって、やっぱり目に映るもの全てに好奇心を刺激される。エドワードとアルフォンスは、それまで自分達の旅で見つけたものや、悪いやつらを退治した話を聞かせてくれる。炭鉱の町を救った話、エドワードが牛乳が嫌いって話、どこぞの街で見た面白い話。二人の話題は堪えなくて、わたし達は笑いながらぐんぐんとセントラルの町外れに向かって歩いて行く。

そういえば…、アルフォンスだけど…。
アルフォンスは、縦横大きな鎧だ。昨日会ったときは気がつかなかったけれど、歩いているうちになんとなく違和感を覚える。アルフォンスは、大きな体をしているのに、動きはとても軽い。ガシャコンガシャコン鎧の音はするけれど、でもそれだけだ。中に“身”が入っているときの音じゃない。魔法で鎧を動かしたときの、そういう音がする。中身が空っぽの音。なんていうのかな…、中に人が入っているときはもう少し重量のある音がするのに、アルフォンスの音は軽い。魔法で生命のないものを動かした時のような軽い音がする。

あんな魔法みたいな錬金術がある世界だし、そんなものなのかなぁ。


ぐんぐん歩いて行くうちに、やがて人通りもどんどん少なくなっていく。
特に女の人が一人で出歩いている様子はない。3,4人のグループになってたり、誰か男の人が一緒になっていたりする。
「なんか…、女の人少ないね」
「そりゃな。セントラルのもっと街中なら良いけどさ、ここら辺は特に人通りも少ないしな」
「夢子さんも気をつけなくっちゃね」
はーい、と答えるとアルフォンスが笑ったようだった。
やがてエドワードが立ち止まる。

エドワードにつられるようにして顔を上げれば、目の前に広がっているのはいかにも不気味な廃屋といった感じの教会が見えた。少し小高い丘になった場所にある教会。その周りには見るからに古いお墓がある。……なんって雰囲気たっぷりな…。こりゃ確かに人通りも少なくなる筈だ。肝試しにはもってこいだもの。


「ぶ、不気味なところだね」
アルフォンスが呟く。わたしも頷く。けれどエドワードはずんずんと歩いて行く。
「んなの今更だろ。ここはさ、3年まえに火事にあったんだよ。祭壇の蝋燭の不始末ってことで牧師がクビになったんだけどな。それまではここは、結構有名な観光名所だったんだぜ」
ずんずん歩いていきながら、エドワードが教えてくれる。


エドワードの話では、ここはセントラルで最も古い教会だったそうだ。
この教会は、礼拝や結婚式、お葬式なんかの冠婚葬祭に使われるだけじゃなくて、錬金術の研究もしていたらしい。元々錬金術は宗教が背景に絡んでいると教えてくれた。神の力。それを具現化し、信者を集める道具だったのだ。いわば教会がパトロンについて、錬金術が研究されていた。そして今は時代が移り変わり、宗教から軍がパトロンに代わったんだ、と。だからエドワードも、錬金術師の一人としてこの教会の歴史を知っている。
そういえば、マグルの世界も錬金術の背後には宗教があったっけ。何時の時代もどこの世界も、“偉大な力”ってやつを欲しがるのは宗教や権力者なのかな、わたしには、よくわからんけど。

今は石造りのおざなりな外壁や屋根が残っているだけの廃屋のようなおんぼろ具合だけど、昔は宗教画やきらびやかな木像や祭壇があった立派な教会だったらしい。確かに、近づいて見ると大きさや高さ、それに火事にあって尚残っている立派な造りに感心する。
………夜に来たら叫びの屋敷ばりの心霊スポットだ。


実際、ここは心霊スポットだった。
火事の直前、夜中になると誰もいない筈なのに、何か物音がするだの、怪しい人影を見ただのと古い教会にありがちな噂になって、人足は遠のいていたらしい。それに老朽化の問題もあったとか、もっと街中に別の教会が新しくできたお陰で、信者の人たちはそっちへと通うようになってますます人足は遠のいたんだとか。だから大きな火事でも幸いけが人はいなかったらしい。不幸中の幸いってやつだろうか。

「おっと」
エドワードが立ち止まる。丘を登りきると、やはり軍人さんが2,3人、教会の警備についているようだった。丘を登ってきたわたし達を見て、大佐さんとお揃いの軍服を着た若い男の人が小走りにやってくる。大佐さんと基本はお揃いだけど、大佐さんのはじゃらじゃらとした紐とか、バッチとか、沢山ついていたから“地位”ってやつは違うんだろう。

「墓地に用事か?」
「いんや、ちょっと中を見学したいもんでね。ほら、マスタング大佐からの紹介状」
ほら、とエドワードがわたしを小突き、わたしはポケットに大切にしまっておいた大佐さんからの紹介状を見せる。「そんな事聞いてないぞ」、とぼやいていた軍人さんはそれを受け取り、ざっと目を通すといぶかしむような目でわたし達を上から下まで見回す。まるで品定めされているようで嫌だな…。っていうか、エドワードはこんな軍人相手にも自分のペースでいられるなんてすごい。国家錬金術師とかいう資格があって、すでに少佐って地位があるからだろうか。それとも元々腹の据わった子なんだろうか。……多分、後者だと思う。

「失礼しました。それで案内は必要ですか?」
「いやいいよ。勝手に見させてもらうからさ」
な?とわたしを見て確認するようなエドワードにわたしも頷く。
こんな威圧感たっぷりの軍人さんと一緒じゃ自由に見てまわれん。
「それじゃあ、お好きにどうぞ。帰るときだけ声を掛けてください」と不承不承といった具合に言う軍人さんに「ご苦労様」とだけ言って、エドワードはまたずんずん歩いて行く。それにくっついてわたしとアルフォンスは軽く軍人さんに頭を下げて続いた。

「なんかエドワードってすごいね。よくあんな大人の人、それも軍人さん相手に平然としてられるね」
「そんだけ修羅場潜ってっからな」
ふふん、とちょっと生意気な目をして笑うエドワードに、わたしもアルフォンスも顔を見合わせて苦笑した。
「というか兄さんのはただちょっと図々しいだけだけどね」
「なっ、ばっか、ちげーよ!」
さらりと言い放ったアルフォンスに反抗するエドワードの声が、途端に広い教会の中いっぱいに広がって反響する。
ばっか…ばっか…ばっか…とこだまする間抜けさに、わたしとアルフォンス、それからエドワードは顔を見合わせて笑った。

「それで、えぇっと、ここが礼拝堂跡地。いわばメインだな」
取ってつけたような粗末な窓から光が差し込む。石造りのせいか教会の中はしっとりと濡れたようにひんやりとしていて、そして少し埃っぽく、薄暗い。むかしはここに沢山の椅子が並べられていたんだろうけれど、今は全て撤去され、ただ石畳の床がむき出しになり、祭壇が祭ってあったんだな、という事が認識できる程度に段差がもうけられているだけのガランとした何もない、よくみれば壁が黒く焦げた跡のわかる、ただ広くて天井が高いばかりの部屋だ。

あの夜、ここを通って外に出たっけ。
たしか、あの男達がお酒を飲んでいたのはこの奥の部屋だ。

「なんか思い出せそうか?」
「う、ううん、なにも……」

思い出すというよりは、ここと魔法界の繋がりの手がかりが欲しい。
何か見つけた時のため、行ってしまえば急に帰ってしまっても大丈夫なように手帳と杖は持ってきたけれど、でもそんな都合よくいくとは流石に期待してない。ここの教会の特殊なところって、錬金術師のスポンサー、パトロンだったことくらいだしなぁ。教会が錬金術のスポンサーだったのは、マグルの中世でも同じだし…。特に珍しいことは何もないかもしれない。

「次の部屋に行こっか」
「そうだね。時間はたっぷりあるんだから、夢子さんが満足するまでぐるっと見物していこうよ」
「うん、ありがとう」
それからまたエドワードに続いて隣の部屋へと入る。
火事にはあったけれど、まだ多少は使う気でいたせいだろうか、真新しい木のドアや窓が後からおざなりに改装されていたお陰で、隙間風は入ってこない。礼拝堂の隣の部屋は、やはり、あの夜男達がお酒を飲んでいた部屋だ。暖炉もある。

「ここ、あの犯人達が好き勝手物を持ち込んで生活してたんだってな。まだ微妙にその名残が残ってんな」
エドワードの言う通り、机や椅子が運び込まれている。
暖炉にはまだ炭が残っている。………暖炉。この暖炉から、真っ赤に燃えた火箸がわたしにゆっくりと向けられた恐怖や、男の腕の力や、疲れた手首の生々しい感触を思い出す。力いっぱい抵抗したのに、ビクともしなかった。あの時、わたしはあの男を石にしてやる気満々でいたけれど、魔法なんて使えっこなかったんだ。大佐さんが来てくれなければ、一体どうなっていたことか…。酷い火傷をしていただけですんだだろうか。


最悪のことを予想して、ごくりと息を飲む。運が良かったんだ……


「夢子さん、大丈夫ですか?顔色が良くないみたいだけど…」
「大丈夫。今日はそのために来たんだから」
表情はわからないけれど、だけど心配そうな顔をするアルフォンスに笑い返して、軽くアルフォンスの冷たい身体にタッチする。
「そんで、どっち行く?後は地下牢と、地下倉庫だけだぜ?ここは元々牧師が寝泊りしてた部屋らしいし」
「…じゃあ、地下倉庫を」


ここはもう何もなさそうだ。
錬金術と魔法界の繋がりみたいなヒントがあったとしても、その火事で全部燃えてしまったんだろうか…。
ああ、今ここに煙突飛行粉があったら実験ができたのに…。この世界と魔法界が繋がってたとして、ルートも繋がってたかもしれないのにな。いやいや、ルートは魔法省が監視してるんだから、ここの暖炉が通じてるはずがないか。しかも変な場所に飛ばされたら困るし…。今度こそ白亜紀とか言葉の通じない魔法動物の聖地とか……サバイバルすぎる。

「あ、しまった。地下に行くのに松明とかねーぞ。大佐連れてくりゃ良かったな」
「そうだね。大佐の錬金術は便利だもんね」
大佐さんの錬金術……火を操るんだっけ。でもそんな、チャッカマンくらいの認識の便利度ってどうなの?


「っていうか、エドワードの錬金術じゃ火は出せないの?」
「オレと大佐じゃ専門が違うんだよ。大佐のは焔。オレは金属系の練成が得意。大佐のは燃焼の三大要素である燃焼物、酵素、点火源を、空気中の窒素や水素から…」
「……ありがとう。多分理解できないから十分デス」
ノーセンキュー、と口を歪めて降参するとエドワードは歯を見せて「年上の癖になさけねーなぁ」と笑った。そういう科学っぽい単語だけでもうお腹いっぱいデス。…きっとエドワードは魔法薬の授業とか得意そうだ。

それにしても、覗き込んだ地下への通路の暗いこと。なんだかじめじめとしてひんやりとした空気が足元からゆっくり立ち込める。ここらでルーモスが使えたら良かったんだけど…。それでなくても懐中電灯とかないもんだろうか。懐中電灯が一体いつ頃発明された道具かは分からないけど、この世界のこの時代にはもう存在しているんだろうか。

「とりあえず、マッチ使うか」
「って、マッチあるんかい!」
思わず突っ込んだわたしにエドワードは何故か得意そうな顔をしてふふんと笑う。
「オレ達はずっと旅してきてんだぜ?それくらいの準備はあるって。問題は、芯だな。そこらのもんで適当に練成させて作るか」
「兄さん、でも勝手に作っちゃって叱られない?」
「平気平気」
エドワードはそう答えると、あたりをキョロキョロと見回し、やがてあの男達が持ち込んだんだろう椅子に目をやる。そして両手をパンッとあわせて、椅子を触った。すると椅子が光を帯びて、やがて太くて長い棒へと変わる。すげー…錬金術って、もしかして魔法より便利?魔法は呪文を唱えるタイムラグがあるし杖が必要だし、それに比べてエドワードの錬金術のなんてラフなこと!羨ましい……。やがてエドワードは、その元椅子、現松明の芯となった太い棒に、更に忘れられていったらしい古いシャツを巻きつけて火を起こした。
なんて便利なんだろう。錬金術って、実用性があったんだなぁ…。

だけどだんだん自分の中の錬金術像が崩れてきた。
錬金術ってこんな分野だっけ?なんだか魔法じみてる。

「よし、行くぞ」
覗き込んだ深い闇を見下ろし、わたしはごくりと頷いた。



カツン、カツン、コン、コン、ガシャン、ガシャン…。
三人が歩くたび、別々の音がする。さっきみたいな土の上や、石畳の上を歩いていた時は気がつかなかったけれど、エドワードの足音もなんだか左右で違うような気がする。内乱のせいで義手だっていってたけれど、足も義足なのかもしれない。アルフォンスも魂だけみたいだし、この世界はまだまだ秘密がありそうだ。

ひょっとしたら、ドラゴンやグリフィンみたいな魔法生物もいるかもしれない。
そしたら、何か薬の調合くらいはできるかも。…自分の手で一からヒルの汁だの、冬虫夏草だの、ネズミの脾臓だの毒蛇の皮だのを集めるのは骨が折れそうだけど…。でも、この世界で自分ができることに新たな可能性を見出して、わたしの心臓は高鳴った。


湿った地下は薄暗く、ひんやりとした空気は濡れたように冷たいのに、けれどやはり埃っぽい。行った事はないけど、噂に聞くスリザリンの寮みたいだ。エドワードが作ってくれた三人分の松明の明かりで三人分の影が壁に大きく浮かび上がり、ゆらゆらと揺れる。やがて階段は終わり、部屋が分かれる。
「この奥が地下牢。それで、こっちの部屋が倉庫だ」
「詳しいね」
「大佐が事前に見取り図を見せてくれたからな。地下牢の数は沢山あるらしいけど、捕まってた女の人たちは、一番大きな部屋に一まとめになって入れられてたらしい。…あんま気分が良いもんじゃねぇと思うけど、見に行くか?」
「うん、この部屋が終わったら」
頷いたわたしに、エドワードも神妙な顔をして頷く。

松明の明かりで、薄暗かった地下倉庫はオレンジ色の光を伴って明るくなる。
ざっと部屋を見回す。石造りの暗く陰気な地下倉庫には、あちこちに木箱が置かれ、何に使うのかはわからないけれど、古くなった布や板が立てかけられている。……見たことある。来たこともある場所だ。
確か、ここら辺に急に転がりだしたんだっけ…それでこんな感じに木の板やら箱を巻き込んで尻餅をついて…。
木箱や板の立てかけられた辺りを見回す。こりゃ埃まみれになるわけだわ、と納得するような埃の掛かりっぷり。一体何年掃除してないんだか…。だけど、ここにポートキーのルートが繋がっていたってことは、ここに何かヒントがあったはず。

推理小説の探偵にでもなったようなつもりで、松明で必死に辺りを照らしたり、足元を照らしてゆっくりじっくり確認していく。
エドワードとアルフォンスもきょろきょろと辺りを見回す。
向こうから来られたんだから、今度はこっちから向こうへ行くためのポートキーアイテムはないか探してみるけれど。それらしいものはない。もしかして軍の人が撤収させてしまったんだろうか。それとも最初っから何もないとか?


……ここには何もなさそう。


はぁ、と立ち上がった時、「あれ?」というアルフォンスの声が響いた。
「どうしたんだ、アル?」
「にいさん、ここに何か書いてあるよ?」
慌ててわたしとエドワードが駆け寄って、アルフォンスの指差す方を覗き込む。足元の石畳の一枚に何かが掘ってあるのが見えて、エドワードが松明を近づける。

「なんだこれ、読めねぇぞ」
「…これ……」

これ…見覚えがある…。これ、これだ!!これが“繋がり”だ!!
その場にしゃがみ込んで、松明で照らして必死に読み取ろうとする。エドワードとアルフォンスが「何かわかるのか!?」と食いつく声を無視してしまいながらも、わたしは驚く。息を呑む。


古代ルーン文字!!!


古代ルーン文字学はあんまり得意じゃなかったけど、今はそんなこと言ってる場合じゃない。
古代ルーン文字は、確か、昔のヨーロッパでは呪術の言葉としても発達していた。アジアで言うなら梵字みたいに、宗教的な用途から魔法や魔術、錬金術のようなことにまで。とにかくオカルトめいた事に関係してくる文字。アルファベットのように文字のひとつひとつを組み合わせて文章や意味を持つというより、漢字のようにひとつの文字にいくつもの意味がある文字だ。その文字からメッセージを解釈していくしか解読する方法はない。その全部を覚えている自信はぶっちゃけない!けど今は思い出すしかない!!

「おい、夢子!」
「まって!今考えてるから!」
「考えるって…、お前、ここは錬金術師の研究室だったんだぜ?どうせ素人に読めるもんじゃ…」
「いいから!」

エドワードはむっとしたような顔をしたけれど、わたしはまた古代ルーン文字に集中する。
エドワードごめん。興奮で指まで震えるような今、上手く会話だってできないの。
ええっと、なんだっけ。なんだっけ。思い出せ。思い出せ。確かに授業は退屈で時々記憶がすっぽり抜け落ちてるけど、えぇっと…、えぇっと、この「M」に似た形は馬…じゃなくて、「人間」だっけ。それから…ええっと…あれ、でもそうなると意味がおかしい。足りない。このたった10個の文字だけじゃ足りない。これじゃただ「秋は人間の営みを支える」の意味でしかない。
営みを支える?だから何!?こんなの肩透かしすぎる!

「……たぶん、まだこの文字がどこかにあると思う」
「はぁ?」
「お願い、この文字がほかにもないか探すのを手伝って」
エドワードを見上げると、エドワードは眉を寄せて怪訝そうな顔をする。
「それは良いけど、どういう事か説明しろ。アンタ、これが読めるのか?」
「……読めない、けど、でも見覚えがあるの」
エドワードとアルフォンスは顔を見合わせる。エドワードはあきらかにいぶかしむような顔をしているし、アルフォンスはアルフォンスで困っているのが鎧越しでも伝わってくる。けれどやがてエドワードが、はぁ、と露骨に溜息を漏らして頭をかいた。

「しゃあね。どうせアンタが何か思い出す為にきたんだしな」
「それじゃあ、手分けして探そう」
「あ…、ありがとう!!」

やがて各部屋部屋をもう一度、厳重に、しっかりと上から下まで見回して見つけ出した文章は10個。どれもこれもてんで意味がバラバラ。天気の話をしているものもあるかと思えば、宗教の話。食べ物の話。動物の話。哲学めいた一文。なにがなんだかさっぱり意味が分からない。とりあえずその全部を、あの手帳に書き写す。


エドワードもわたしも教会中を上から下へと隅々まで探し回ってくったくただけど、アルフォンスは平気そうだった。体力があるんだろう。それとも空っぽだから?今となってはわたしはアルフォンスの中が「空」だと信じて疑わなかった。

どっさりと祭壇があったんだろう、一段高くなった床に腰を下ろしたエドワードの隣に、わたしも腰を下ろした。
「そんで、なんかわかったのかよ?」
「…よくはなにも。だけど、あの、この文字って錬金術の文字なの?」
手帳にメモした古代ルーン文字をエドワードに見せるけれど、エドワードは首を振る。

「さぁ、オレは見覚えがない。オレ達は今のアメストリスの言葉に直された教本で勉強したから。だけど錬金術の歴史は古いし、なんか関係はしてるかもしれない。一度目を通した専門書に出てくる暗号めいた記号や抽象的な意味は覚えてるつもりだけど、こんな分かりそうで分からん文字は見た事ねぇな。」
「ボクも見た事ないよ。ボクたちの使ってる言葉に似てるけれど、でもちょっとずつ違うみたいだし」

古代ルーン文字は、今のアルファベットの基礎だとも言われている。
だから結構似たような姿形をしているけれど、アルファベットと違って、文字の姿に意味がある。…アルフォンスの錬金術はまだ見たことがないけれど、エドワードほどの錬金術師が知らないとなると、もしかしたら、ここの教会の錬金術は、魔法界に関係のある錬金術だったのかもしれない。彼らは、ルーン文字は知らないけれど、でもアルファベットを使って、英語を話している。そう、英語。みんなはアメストリス語と読んでいるけれど、わたしが話しているのは英語だし、新聞の文字も英語の文法だ。それもどちらかといえば新しいアメリカ英語じゃなくて、古いイギリス英語。

だとしたら、この世界はイギリス…魔法界との繋がりがあったんだ。
どちらの世界の歴史が先かはわからない。でも影響しあった、繋がりあっていた歴史があったことはきっと間違いない!じゃなきゃこんな都合よく同じ言葉を操っているはずがない!なにより、このルーン文字がふたつの世界が繋がっていた証拠だ!!

そうだ。だってこの世界の錬金術にしたって、あんなポンと手を合わせたり、指をぱっちんとやっただけで力が発動するもんか。
あんなのどっちかって言えば魔法界寄りの錬金術。絶対に何か繋がりがある!


「とにかく今日は帰ろうぜ?大佐に夢子を遅くまで連れまわすなって言われてるんだ」
立ち上がってぽんぽんとお尻の汚れを払ったエドワードに続いて、わたしも立ち上がった。
一度、家へ帰ってからゆっくり思い出してみよう。


────もしかしたら、とんでもない事に足を突っ込んでしまったのかもしれない。


だけどきっと帰れる。
だって、魔法界と、この世界の繋がりを見つけた。きっと昔、魔法界の人間がここにいた。ここで錬金術を勉強していた。逆のパターンかもしれないけれど、だけどおそらく、両方の世界は往来が可能だったんだ。もっともっと何か繋がりがある筈。それを見つけて、考えて、たくさん、たくさん考えて、そしたら何かヒントが見つかる。きっと……!

何もかもが不確かなことばかりだけれど、でも、今、ようやく何か光が見えた。

きっと帰れる。
来られたんだから、きっと帰れる。




教会を出ると、外はすっかり夕方だった。小高い丘の上にあった教会からは、真っ赤に染まっていくセントラルの街が見えた。
冷たく清潔な夜の気配が頬を撫でて、足元の家々の明かりがひとつ、またひとつと灯っていく。背後から圧倒的な夜が迫ってくる。やわらかなピンクから、薄紫、そして深い群青色の空が背後からゆっくりと広がっていく。遠くの空で金星のような明かりを放つ星が輝く。


────綺麗な世界。




きっと、帰れる。
わたしはぎゅっと手を握り締めた。