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だーーーっ!!あんにゃろ、家で寝てろつっただろうがッ!
部屋へ入ったと思ったらすぐに官舎を出て急ぐようにどっかへ出かけていく夢子に俺は頭を抱える。ホンットにひとつも言う事ききゃしねぇッ!ふにゃふにゃとしていそうで、アレで意外と頑固だという事はここ数日でよぉく分かったが、まだ体調が万全でもないうちから出歩く夢子に俺は流石に頭を抱える。クソ、大人しく寝てろつったっていうのに。
大佐から、夢子のいう男がどんな男か調べてこい、という命令には今回ばかりは自分の意思で従う。大佐が言わなきゃ俺が勝手に調べていたトコだ。この街で、夢子の知り合いは俺たち軍人と大将達以外には、そのサーカスの男とかいう奴以外いないだろう。ファルマンの話じゃ、俺にはどういう事かはさっぱり分からんが、“夢子はこの町の人間どころかアメストリスの人間じゃない”つう事らしいからな。きっと、おそらく、今から夢子が向かうのはその男の場所なんだろう。こっちとしちゃ好都合だが、しかしじゃじゃ馬め、と内心で舌打ちをする。
官舎を出てから、夢子はふらふらと寄り道する事もなく、まっすぐにセントラルで一番栄えているメインストリートへと入って行く。
やっぱり尾行は拍子抜けするほど簡単にできてしまうが、この間のように消えられては困る、と俺は神経使って夢子を尾行した。やっぱどう考えたって、この間ふらっと夢子が消えてしまったのが自分の寝ぼけだとか勘違いだとは思えねぇけど、こんだけ人目がありゃ流石に妙なことはしないだろう。メインストリートへ入ってから、夢子は少しキョロキョロとして、何かを探しているようだったが、やがてキョロキョロとしていた動きをぱっとやめて、走るようにカフェのオープンテラスへと近づいて行く。
するとオープンテラスの一席に座り、新聞を読んでいた男が顔を上げ「夢子」と名前を呼んだ。
……こりゃぁ、女なんかコロッと騙されるわけだ。
上げられた男の顔を見て、俺はいっそ感心する。男はちょっと見ないような、綺麗な顔をした奴だった。知的な黒髪に、育ちの良さそうな整った目鼻立ち。うちの上官もえらくおモテになるようだが、またちょっとタイプが違うな、と思った。
そして、男の容姿に引っかかる。
長く軍人やってりゃ、相手の顔を見れば大体の職業も想像がつくもんだが、この男は、サーカスなんて仕事をやっているとは思えないようなタイプだ。どっちかと言えば、どっか良い家のインテリなお坊ちゃん顔だ。サーカスなんていう華やかだが不安定で、非現実的な社会に生きているようなタイプには見えない。
言ってしまえば、怪しい。物凄く怪しい。
────大体、夢子はいつこんな男と知り合ったんだ?
俺は適当な距離を取り、夢子の死角になる席に座った。
大佐からの事前情報によれば、サーカスってのは、夢子が大将とアルフォンスと見に行ったあのサーカスのことだろう。大将曰く「そういやふらっと夢子一人でどっか行ったっけ」という事らしいし、俺が話すまで夢子はサーカスが来ているなんて事自体知らなかったらしいし、その大将の言っていた夢子が一人で席を立った時に、あの色男とであった事になる。とすると、二人が出会ったのはほんの3,4日前の事だ。そんな短すぎる期間であの男についていくって決める夢子の決断力もだが、話が急展開すぎる。恋は盲目なんて格言があるが、夢子は別にあの男が好きだとかいう態度ではないし…。
だったらついていく理由が俺にはさっぱり分かねぇ。
分からねぇけど、しかしとにかく俺が言ったサーカスが原因で夢子があの男にくっついていき、そこで何かの事件に巻き込まれでもしたら胸糞が悪い。最悪だ。事件とまではいかなくても、昔っから旅芸人やサーカスの人間に惚れて、寝ちまって、結婚するだなんだの話になったら男がさっさと次の街へ消えてしまった、ってのはよくある話だ。あの男なんてあんだけ顔が良いんだ、その典型みたいな奴だ。
しかし、単なる詐欺師や遊び人だとは思えない。
あの男を見ると、何か、奇妙に深い池の底でも覗き込んだようで、恐怖というには言いすぎだが、それでも妙な寒気を覚える。
そして何かの話がまとまったのか、夢子と男が立ち上がった。
夢子の顔は見えなかったが、男は夢子を抱き寄せ、夢子も男にされるがままとなり、男の言葉に何度か頷いていた。そんなやり取りに俺は眉を寄せながら睨んでいれば、やがて二人は離れ、夢子はまた元きた道を戻って行く。流石に官舎に帰るだろう。俺がこれからすべき事は、こいつを付けて、こいつの身辺を調査する事だ。
夢子とは反対の道を歩いて行く男の後を、俺は追った。
軍法会議所のヒューズに引継ぎをする前に、事件のあらましを確認する。
最初の誘拐は、3ヶ月前だった。
18歳の女子生徒が家へ帰らないと連絡があり、憲兵や教師や友人らと捜索に当たったが、結局彼女は見つからなかった。その女子生徒は大人しく、夜遊びをする事も無くいつも時間通りに家へ帰り着く品行方正な生徒だったというのは周知も認める所であり、家族や友人とのトラブルも無かったため、憲兵らが捜索を続けた。
そしてその二週間後、近くのパブで働いているのが見つかり、保護された。人形のような様子だったという。何か恐ろしい体験でもしたのだろう、と精神科での通院を続けていたが、効果の程はまるで現れなかった。
そしてその女子生徒の事件を皮切りにするように、同様の事件が次々に起こった。
若い娘がふっと家から居なくなる。
そしてどこかで働いている。
それは普通の飲食店であれば、売春や住み込みのメイド、介護要因、ガールフレンド役など様々なパターンが見られた。しかし娘達は皆、人形のように感情が欠落してしまっている。自分の事もまるで覚えていない。
そんな異常な事件が次々と、まるで伝染病のように広がって行き、セントラルは前代未聞の警戒態勢へと入った。
犯人は、若い娘を働かせることが目的というよりも、売りさばく事が目的のようで、失踪した女性達が次々と意外な場所から保護される。しかし、犯人の手がかりはまるでなかった。この事件の事は大総統の耳にも届いていたらしく、軍上層部は躍起になって、なかばヒステリーのように犯人逮捕を叫んだ。
だがしかし、事件は拍子抜けするほど、あっさりと解決する。
主犯の男は、4人。元軍人。元軍属の精神科医。結婚詐欺師。人身売買グループの司令塔。
これらの“職歴”の男が、各々の特技を生かしてこれだけの犯罪を行っていた。
────だが、何かがひっかかる。
ここまでセントラル中の娘を持つ家庭を恐怖のどん底へと落としいれ、軍をかき乱した事件が、こんなあっさりと、こんな小物達によって引き起こされたものなんだろうか。それに調書を取っていたファルマンからも気になる事を聞かされた。
四人はそれぞれ、いつどこで出会い、この犯罪を起こそう計画したか覚えていない、ということだ。
彼らはこの事件の事をまるで武勇伝のように声高らかに、ペラペラとなんでもよく喋ったそうだが、この事件のそもそもの動機をまるで覚えていない。それに、女性を売った金を彼らは持っていない。いや、大金なら持っていたようだったが、計算すると“少し”足りない。あれだけの娘を売り払っていた割りには、金が少ない。
男らの身辺調査をしたブレダによれば、男達は別に車や家などの物を買った形跡もなければ、歓楽街で豪遊をしたという記録もない。近頃の人身売買の相場によれば、若い娘ならば15人も売ればひと財産築き上げる事ができるという金が動くそうだが、男達の身なりは汚く、羽振りも悪かったと通いの店から聞き出している。何に使った、と私自ら男らと直接面会して聞き出そうとしたが、男らはむしろキョトンとして私の言う事を理解できていないようだった。
主犯の一人の元精神科医、マクニールによれば、記憶を奪った娘達にライターでもなんでも良いが、とにかくちいさな火を見せ、できるだけ無邪気な声で「おわり!」と叫べば催眠は溶けるという。事実、その方法で我々のような素人でも催眠を説くことに成功している。
────だが、一体どうやって術を掛けたのか?
軍医時代のマクニールの経歴を洗ったが、士官学校の医学部を「中の中」という凡庸な成績で卒業しているし、当時のマクニールを教えた教授らは「可もなく不可もない凡人」「印象にも残らない」と答えている。こんな複雑かつ長期に渡って催眠状態を継続させられるような術が使えるような才能の持ち主ではなかった、と口を揃えている。そもそも精神科医による催眠というのは、埋もれている記憶を引き出すためや、精神の苦痛を和らげるものであって、彼のやっていたような事は医学校で学べるようなものではない、と。
軍で体術訓練の教官をしている退役軍人からも話を聞いてきたが、いくらシンの格闘技がまだアメストリスにとって未知であっても、内臓になんの傷もなく相手を殺傷するのは不可能だ、と言う。表面的に傷が見えなくとも、人間は死ぬときは死ぬのは私もよく分かっているが、人体のどの部分にも痕を残すことなく、となると不可能だ。
それから、この事件には関係はないだろうが、私にナイフで襲い掛かった男。
状況が状況だったため、自分が錬金術で脅した人間が、その後頓死するなど妙に夢見も悪く気になり、調べてみた。そもそも何故襲い掛かったのか気になった。彼の名はオリバー・ブラウン。下町の安いモーテル(宿)の主人だが、そのモーテルで働き始めたのもつい最近の事で、それまでの経歴がさっぱり分からない。軍が調べているというのに、ここまで何も出てこない人間というのも珍しい。
死ぬ間際まで「悪魔がくる」と脅えるように呟いていた、か。
ただの精神のおかしな男の戯言か?
ブラウンの死は結局事故死という事で片付けられ、無縁墓地に埋葬されたようだが、少し気になる。
とにかく、主犯4人の記憶の曖昧さ。記憶の不一致。
得た金の行方
不可能な催眠
不可能な体術
これでは、「事件は、解決した。あとは裁判に任せる」と軍法会議所に引継ぎをするどころか、調べれば調べるほど、主犯の4人が怪しくなる。もちろん実行犯は彼らだろうが、しかし彼らで終わりではない、もっと漠然とした、まるで化け物のような、そんな技術を持った人間が背後についているとしか考えられない。だがどうしてだか、犯行の手口の甘さに幼さを感じる。もしもその存在が記憶を操れるのだとすれば、4人の男の記憶も全て統一しておけば、私が引っかかる事もなかっただろうに。いっそ気味が悪い。
大体、催眠を説く方法からしてぞっとする。
“できるだけ無邪気に”「おわり!」と叫ぶだって?悪意の塊だな。
無邪気で純粋な悪魔。まるで、天から追放までは天使だった、ルシファーのようだ。
「中尉、やはり管轄を移すのを…」
管轄を移すのを少し遅れさせよう。
何、理由はなんとでもなる、と言いかけた時、執務室のドアがノックされた。
中尉と少し顔を見合わせてから、入りたまえ、と許可すると、やってきたのは夢子だった。
帰らせたばかりの夢子が、ハボックすら伴わず、少し息を切らし、切羽詰まったような、しかし今朝までの曖昧で隠し事を必死で守り通そうとするような目ではなく、しっかりと私を見る意思のある表情で現れたのにはいささか驚く。しかし直ぐに好ましく思う。
何か、決断したようだな。
「聞いて欲しいことがあるんです」
アーサーと別れてから、わたしは真っ直ぐに軍を目指した。
階段を転がり落ちたせいか、まだ体中がズキズキと痛いし、あちこちに青あざができていて、上手に走れないけれど、わたしはいつもよりずっと足早に歩いて、でももう歩いてなんかいられなくて、あちこち痛い体で走り出し、軍を目指す。
アーサーが、話しても良いと言ってくれた。
「君は軍に保護されていたんだね。そこできっと沢山の人にお世話になったんだろう。確かに、そんな人たちを欺くのはとても辛い事だ。だけどマグル相手に魔法界のことを全て説明するのはとても難しいだろう。そのマグルの軍人に「魔法」という存在を受け入れられる用意があるとも限らない。だけど、君が話したいと思うのなら、きっちりと話しなさい。
────大丈夫、僕はいつでも君だけの味方だよ。」
話そう。全てを話そう。一刻も早く、話したい。
わたしがどこで生まれて、どんな学校へ通い、どうしてこんな場所にいて、どうしてウソをついたか、どうしてアーサーについて行かなくっちゃいけないのか。全て話す。アーサーのようにテキパキとは説明できないかもしれない。すぐには信じてもらえないかもしれない。だけど話す。全部話す。いつもの掃除のおばちゃんスタイルでないわたしだけど、大佐さんに用がある、と言えばすぐに軍の中へと入れもらえた。大佐さんの執務室の場所はきちんと分かっている。自分で行ける。私服で軍の中を歩いて行くのは目立つけれど、わたしの頭の中はそれどころじゃなかった。
どうやって、なにから話そうか必死で考える。考えがまだはっきりとしないのに、足はやがて大佐さんの執務室の前で止まる。ポケットに入れた杖を服の上からそっと触り、深呼吸をする。
……大丈夫、わたしはホグワーツの生徒だ。大丈夫、きっと、うまくやれる。
すぐに大佐さんの声で「入りなさい」と返事が返ってきた。
いつもお掃除の時にだったら、にっこりと笑って大佐さんが出迎えてくれた。だけど今日は違う。甘えちゃいけない。いつもの大佐さんの親切に甘えちゃいけない。へらへら笑って、済ましちゃいけない。わたしは震える拳をぐっと握り締めて、まっすぐに大佐さんを見る。大佐さんもいつものにこにことした、ちいさな女の子相手にするような表情ではなく、まっすぐに、一人の人間を前にするように、しっかりと私を見る。
「聞いて欲しいことがあるんです」
そう言い切った時、廊下からバタバタと慌てて走ってくる男の人の足音が聞こえ、開けたままだったドアから見覚えのある男の人が血相を抱えて飛び込んできた。たしか、ファルマン…さんだっけ。階級は忘れちゃったけど、でもどうしたんだ、と、ちょっと出鼻をくじかれて眉を寄せるけど、そんなわたしにお構いなくファルマンさんは叫んだ。
「大佐ッ!は、ハボック少尉が…っ!!!」