追憶

「この子、泣いてるよ。やめてよ、かっちゃん」
「ああ? うるせーな、デクが鈍くさいのがいけねえんだよ!」
「友達を殴るなんてへんだよ、かっちゃん。前の友達はそんなことしなかった」
「は? また『前の友達』の話かよ」

近所に引っ越してきた、涼花とかいう女子。仲良くしてやるつもりなんかなかったけど、行きも帰りも全く同じ道で、クラスも一緒。いつの間にか俺の隣にしれっと立っていることが多くなり、注意する気も起きないくらいにはそれが『当たり前』の光景になりつつあった。

隣にいるやつを一々嫌っていられるほど、俺は暇じゃない。なので、涼花のことをそこそこ気に入るのに、時間はそうかからなかった。

が、今、そんな事情は別だ。

「うぜぇんだよお前のその話!」
「……」
「か、かっちゃん……そんな言い方……」
「おい無視してんじゃねぇぞ!」

手の内で爆発を小さく起こすと、たいていの奴はおとなしくなる。さっきまで俺に反抗してたデクですら、爆発を前にすると泣き出しそうな顔をするんだから、当然だ。

なのに、こいつは生意気だ。

俺の個性を見ても、ちっとも態度を改めない。おかしいだろ、お前も皆も俺より『しょぼい』はずなんだ。自分より強いもん見たらビビれよ、それが普通だろ?

「おい涼花、俺は女だろうがうぜぇ奴ははっ倒すぞ!」
「こんな酷いことするかっちゃんには負けないもん」
「あぁ!?」

つい、男子同士の喧嘩と同じ要領で、爆発と共に右手を振りかぶってしまった。振り下ろす瞬間に、「ヤバい」と心のどこかが警鐘を打ち鳴らしたのだろう、俺は一瞬腕を止めようとした。

その瞬間を逃さず、俺より小さな白い手のひらが俺の腕を掴む。こんなに近づいたらアイツが手の中の爆発に当たると思って「離れろ!」と口が勝手におかしなことを叫んだ。一秒前までその爆発と共に殴ろうとしていたのは誰だったか。

「――かっちゃん」

ふと、涼花と目が合った。ぱくぱくと、無音であいつが唇を動かす。なんて言ったのか、分かった瞬間にガッと体温が二度くらい上がった気がした。

『優しいね』

ヘラっと何でもないように笑って、あいつは妙な個性を使った。爆発が、まるで初めから無かったかのように消えたのだ。

自分の手のひらとアイツの顔を交互に見ていると、また涼花は笑った。

「はい、私の勝ち」
「…………っ、は、はぁぁぁ〜!? こんなので勝ったと思ってんじゃねーぞ!」
「大丈夫、かっちゃんは何も関係ない私を殴らないって分かったから! 不戦勝で私の勝ち!」
「こ、このクソ野郎……」
「爆発だめぜったい! どうする、このままお家に帰るまでべったりくっ付いといてあげようか?」
「ば、バカじゃねえの!? ダメに決まってんだろ離れやがれ!」
「ちぇ〜。じゃあ私、この子と帰るね!」

あっさりと俺から離れた涼花は、デクに手を差し伸べた。あいつの手を取って立ち上がったデクは、何度も何度もこっちを見ていたが、すぐに涼花の方を見て何度も礼を言って走り去っていった。

――ちょうど、オールマイトを見るときの目で、涼花に感謝の台詞を言いながら。

デクに大きく手を振って「ばいばい!」と叫んでいた涼花が、ひとしきりしたのちにこっちを振り返った。そのままずんずんと歩み寄ってくる。

「……んだよ」
「あの子走って行っちゃった。かっちゃん、どうせだし一緒に帰ろ!」
「どうせだぁ? ふざけたこと言ってんじゃ……おい、手ぇ離しやがれ。何考えてんだテメェはよ」
「爆発防止に……」
「人を爆弾みたいに言うんじゃねえ!」
「――じゃあ、友達だから」

投げやりのような回答でいて、その表情は優しかった。何となくその手を握り返してみると何だか妙に落ち着いたのを、今もよく覚えている。