カラスと一緒に

薫くんとカフェに行って、のんべんだらりとパフェを食べたりコーヒー飲んだり喋ったり……とやっていたら、いつの間にか時刻は六時過ぎに。日が沈んだらいけないからね、という薫くんの言でカフェを出ることになった。

「送っていこうか」
「ありがとう。でも家、逆方向でしょ? まだ明るいし平気だよ」
「そんな寂しいこと言わないでさ。俺だってたまには長く人と居たかったりするから……駄目?」
「んん……じゃあ、公園までね」
「やった」

なんだかたまに、薫くんは寂しがりやな一面を見せてくることがある。最初はこちらを慮ってのジョークと思っていたけれど、彼の『寂しい』は案外本音だったりする。
とはいえ、帰り路が暗くなると危険なのは男子も同じだ。公園までならそう遠くはないし、人も多いだろう。

帰り道も相変わらず二人そろって饒舌で、いっそ漫才でもやって北斗くんの手本にすればいいんじゃないかって調子だ。

零さんが甘えられる相手とすれば、薫くんは気の置けない相手だな、と最近感じている。私と『UNDEAD』と濃密な関係……とかなんとか零さんが言ってたけれど、あながち間違いでもなくなっている気がした。特に、『UNDEAD』の三年生とは。

「薫くんも零さんも、優しいから好きだよ」
「え、なになに? 零さんって言葉は除けて、もう一回言ってほしいんだけど?」
「薫くんは気を遣ってくれる出来た子だけどたまに寂しがりやで可愛いなぁ、よしよし良い子良い子」
「なんか大分文面変わってるんだけど……」

ま、いいか。なんてあっさり言って、冗談っぽく頭を私の手が届く位置まで下げてきた。「良い子はほめてくれるでしょ?」なんて軽口と共に。
私が常日頃、司くんや葵兄弟にわしゃわしゃしてるのを知らずの暴挙だ。よし……存分にやってやろう。

「よーしよしよし」
「ちょっ、マジでやってきたし! 勘弁してよ、これでもセットしてきてるんだからさぁ」
「甘い甘い! 抵抗が甘すぎる!」
「やっぱり芸人科でしょ!?」

とか言いつつも。
薫くん、自分がこの手を全く振り払おうとしてないこと、気付いてないんだろうな……。
本当は誰かに甘えたいんだろう、と勝手な自己解釈に落ち着く。でもこれは薫くんには伝えないままのほうがいい、とも思う。

相手が触れられたくない領域には触れない、それも一つの信頼の形なのかな、なんて思ってみたり。

ワイワイと高校生らしくはしゃぎながら歩いていると、いつの間にか公園が近づいていた。残り50メートルほどだ。

「公園も見えてきたし、ここまででいいよ」
「あれ。もう着いたのか、意外と早いもんだね」
「そうだね。ま、明日は『UNDEAD』のレッスンあるんだからさ、今日は早めに帰って休みなよ」
「それ、俺も参加するの前提じゃない?」
「えー。もし参加したら、あんずちゃんに会えるかもしれないのにー」
「よーし、今日は数年ぶりに早寝早起きを心がけようかな」

小学生男子か! と思いっきり笑い飛ばせば、薫くんはパチンと冗談めかしたウインクをくれた。まったく、こんなふざけた会話でも占めるときはイケメンなのだからズルい。

「千夜ちゃんも、今日は早寝早起きを心がけるんだよ?」
「おや、私もレッスンの頭数ですか」
「たまにはプロデュース科の良いとこ、俺に見せてほしいな」
「おいおい。私、週に一回は『UNDEAD』見てるんだから」
「そうだったの? じゃ、来る日の前日はLINEしてよ」
「レッスンする日は早寝早起きしなきゃ、だもんね?」

そうかも、なんて笑う薫くんはどこか無邪気だった。

バイバイ、と手を振って別れ、公園の前を通過する。いつもの癖でつい公園の中をチェックすれば、

「五線譜が……」

公園の地面一面に、ナスカの地上絵か何かかと思うレベルに、ぎっしりと五線譜が書かれていた。間違いない、レオの仕業だろう。
私は家に向かっていた足の方向を変え、公園へと入った。音符を
踏みつけるとかなり怒るだろうと思ったので、五線譜をつま先立ちで避けつつ進む。


ちなみにこの公園の名前は『戦場ヶ原公園』だ。
公園にふさわしくないネーミングだ。けれど私やレオ、それにルカたんにとっては一番お世話になった公園なので、思い入れもひとしお。噂によると、この名前は管理者の名字からとっているらしいので、今後変わる予定もないだろう。

なんて『戦場ヶ原公園でのおやくそく』と書いてある看板を見ながら追憶する。結構奥まで入って、あたりを見回したけれど、オレンジの頭は見当たらない。どこか移動してしまった後なのだろうか……。

「おーい、レオー」

公園で叫ぶ高校生、というのも中々危険な構図だ。ちょっと羞恥心が働いて、声が小さくなってしまう。これじゃ届くはずもないか、と思ったが。

「んあー? 千夜か?」
「どこにいるの?」
「ここだぞー」

ひらり、とパンダを模した乗り物の遊具の中から現れる手。字面はかなりホラーだけど、別にこの手は幽霊のものじゃない。
レオの隠れていた? 乗り物はおそらく四人乗りで、向かいあって座るだけの代物だ。

車内は楽譜の大洪水を予想していたけれど、まさかの何もナシでびっくりだ。ああ、紙がないから地面に楽譜を書いていたのか。

「ハロー。お邪魔していいかしら、お兄さん?」
「あっはっは、相変わらずお前は面白いなー! 愛してるぞ!」
「いや、乗っていいのか悪いのか教えてくれないかな!?」
「妄想しろ! おれの言いたいことを!」
「んじゃ、お邪魔しまーす」

何となくレオの正面に搭乗。
降りろ! とか言われなかったのでこれで正解だ。

「おれがお前を拒否する訳ないだろ? 変な千夜だな」

レオはそういって、私の頬をちょんとつついた。子供のときみたいだ、なんてご機嫌に笑っているところを見るに、この地面に書いてあるのは傑作のご様子だ。

「レオ、この楽譜スマホで写真撮った?」
「んー、忘れてきた! 撮って!」
「はいはい」

パンダ号(今名付けた)の上からだと、公園の地面が一望できる。なるほど、レオはここに座って自分の楽譜を眺めていた訳だ。……たぶん途中で寝たんだろうけど。
パシャパシャと不規則に音を響かせる。写真を撮りながらも、相変わらずの用意の悪さを、一応注意しておく。

「レオさぁ、いつも知らない公園に居たりするんでしょ? 危ないから、せめてスマホは持とうよ」
「いやいや、さすがにおれも普段は持ってるぞ! ま、途中で落とすけどな! なんかおれって宇宙人にアブダクションされやすいみたいだからな、わはは〜☆」
「えー。じゃあなんで今日はもってないの」
「それは簡単だな! 簡単すぎて、おれですら妄想の余地もない!」

得意げに指を立て、そのままビシッ! と私を指さすレオ。

「この公園なら、千夜が迎えに来るだろ?」


エメラルド色のかがやきは、一片の曇りなく私を射抜いた。
子供じみた言い分。
けれど、それは私たちを貫く不変の法則でもあった。……なんて、まるでレオみたいな意味不明なことを言ってみる。

うん、でも。

「そうだね。ここなら、迎えに来てあげる」

だって一緒に帰れる。
それはとっても幸せなことだって、今の私たちは知っているから。

夢ノ咲からの帰り道、普段は一人で帰ってる。
あなたは、普段は一人で待ってる。
家族を。妹を。あるいは――そこに私も入ってるなら、いいのだけど。

「宇宙と交信しすぎて、今日はもう疲れたぞ」
「私は、今日は割とゆっくり過ごせたかな」
「じゃあ、次はおれとゆっくり過ごす番だな!」

だから、帰ろう!
レオがそう言って差し出した手は、少し冷たくなっていた。