夢ノ咲007

「すみません、日渡先輩はいらっしゃいませんか」

3−Aの扉の前で、たまたま下級生に話しかけられた。
口にしたのが知った奴の名字だったので、思わずマジマジと下級生を見つめてしまう。黒髪に細い青の瞳、堅物そうに引き締められた口元。文字通りの真面目くんといった感じだ。最も、甘ちゃんなところの目立つかさくんとは種類の違う真面目くんのようだが。

「……あの、俺の顔に何か付いていますか」
「いや、そんなことないけど。で、千夜を探してるんだっけ」
「千夜……日渡先輩のことか。そうです」

一瞬考えたということは、千夜とそこまで親しい訳でもないようだ。そもそも親しいなら、クラスを間違えたりしないか。

「千夜なら、A組じゃなくてB組だけどぉ?」
「そうでしたか。すみません、ありがとうございます」

そう言うと、真面目くんは一礼して去っていった。
……誰なんだろう、あの子?

「どうした瀬名、ソワソワしているぞ! 何か困りごとか!」
「うひゃ!?」
「あっはっは、なんだその面白い声は☆」
「守沢が背後から叫んだせいだからね。ぶっ飛ばすよ……?」
「さては、さっきの子が誰か気になっているな?」

ヒーロー気取りのクラスメイトが絡んでくる。いつもなら「チョ〜うざぁい」の一言で会話終了なのだが、何か知っている風なので何となく言うのが憚られる。
別に、千夜の名前を出す下級生が珍しいと思っただけだから。そこに俺の個人的な感情は介在していないから。と、誰に言うでもなく言い訳をしておく。

そんな俺を置き去りに、守沢は暑苦しく演説を繰り出している。

「困っている者は助けよう、なぜなら俺は流星隊、流星レッド……☆」
「あーはいはい。で、あれ誰な訳」
「まぁまぁ、百聞は一見に如かずというではないか! 見に行こう!」
「知らないんじゃん!」

守沢は高笑いしながら教室から出て行った。まさか本気でついていくのかと思い、慌てて止めに自分も教室から出る。
するとちょうど、先ほどの真面目くんと千夜が廊下で立ち話しているところだった。

なんとなく守沢の背に隠れる。さすがの守沢でも、空気を読んで静かにしてくれたので助かった。

「日渡先輩、急にすまない」
「ううん、いいよ北斗くん。何か用事?」
「ああ。しかし、今日は双子との特訓で時間がない。なので、明日にでも、俺の為に時間を割いてくれると有難い」
「わかった。明日、放課後はどうかな?」
「問題ない。どうしても日渡先輩に伝えたい気持ちがあるので、時間をとってほしかったんだ」

どうしても伝えたい気持ち!?
思わず叫びそうになって、慌てて口を塞ぐ。ここでバレるとか冗談じゃない。
千夜の反応はというと、相変わらずのヘラヘラ顔で笑っている。あー、見ててチョ〜うざい。こういう所はれおくんそっくりだ。

「えー、なんだろ? オラ、ワクワクすっぞ!」

アホかこいつ。
ちょっとでも心配した俺がバカだったよ。ああ、こいつに限って恋愛沙汰とかありえないねぇ。はい、解散解散。

「とか言いつつ、気にしてる顔だな!」
「なに、本気でぶっ飛ばされたい訳?」
「しかし瀬名も難儀だなぁ。月永に遠慮していたら、まさか二年生にあっさりと攫われかけるとはぐはぁっ!??」
「顔を殴らなかっただけ、感謝してよねぇ?」
「は、腹を殴るやつがあるかっ……!」

少し赤くなっている自覚はある。ああもう、嫌になる! こんなことで動揺している自分が恥ずかしい。守沢の戯言に、何を惑わされてるんだか……

「あ、泉〜!」
「なんなの千夜。A組の前で走るとか、度胸ありすぎじゃない?」
「あっ! 敬人いるの!?」
「い、いないぞ……あいつは生徒会だ……」
「って千秋!? なぜ廊下ではいつくばってるの!?」
「せ、瀬名に殴られた……」
「あらら、千秋今度は何をやらかしたの?」
「俺がやらかした前提かっ……!」

呻く千秋に、苦笑しながら手を差し伸べる千夜。なんとなくイラっとしたので、千秋の首根っこを掴んで引き上げた。ぐえっ、とカエルの潰れたような声は聞かなかったことにする。

「そうそう、二人ともまだご飯食べてない?」
「食べてないけど」
「俺もまだだな! さっきまで任務の最中だったからなぁ」
「守沢うるさい」
「あはは、二人とも仲良しだね。そんな二人に、食べてもらいたいものがあるんだけど……」

ごそごそと千夜が、手にしていた手提げ袋から何かを取り出す。風呂敷に包まれた古典的なそれを見て、千秋が嬉しそうな声を上げた。

「弁当かっ!?」
「正解! 最近遅くまで残って練習するユニットが増えたから、ちょっと練習してるの」
「それ、くれるのか!? やったな瀬名!」

なぜ俺を祝福してくる。
とはいえ、購買でパンを買おうとしてた自分としても……まぁ、悪くない申し出だ。

「誰かに食べてもらおうと思ってね。とりあえず一つは泉にあげようかなって思ってたんだけど」
「ふぅん。まぁ、俺のプロデューサーなら当然の心がけだよねぇ?」
「はいはい。で、もう一個は千秋にあげるね」
「ははは! 感謝しているぞ千夜! 俺は運がいい!」
「おわっ!? もー、抱き着き癖直らないなぁ、千秋は!」

千夜に抱き着く守沢。いつもなら即座に引き剥がすんだけど、今はやめておく。

……下手に動くと、顔が赤くなるのがぶり返しそうだったから。