金平糖クッキー

「日渡先輩」
「北斗くん。ごめんね、待たせた?」
「いや、大丈夫だ。どうぞ座ってくれ……と言っても、ここは貴方の部室だったな」

軽音部室に入ると、そこで姿勢よく座って佇んでいたのは北斗くんだった。昨日の約束通り、話があるらしい。彼とテーブルをはさんで、椅子が一つ並べられていた。

「まあね。じゃあ、相席失礼しまーす」

北斗くんの正面に座る。
『Trickstar』のリーダーである彼は、スバルくんや真くんの雰囲気とは打って変わって真面目一辺倒……だった。ほんの一週間ほど前までは。

今の彼は、双子との特訓を経た結果か、大分広範囲で物事を見るようになった。それと、どことなく雰囲気も柔らかくなっていて、一緒にいても居心地がいい。

「今日は先輩に、お礼を言いたくて来てもらったんだ」
「お礼?」
「ああ。……明星のことだ。あいつは『S2』を見たあと、しばらく落ち込んでいたんだが……最近元気になった。理由を聞いたら、日渡先輩に話したら気持ちが整理できた、と言ったんだ」
「そんな、お礼なんて……。それに気持ちが整理できたとかは、本人のおかげでしかないよ」

ひらひらと手を振って笑った。
本当に、それは私の功労じゃないと思うし。それでも北斗くんは、敬意の籠ったまなざしで私を見据えた。あまりのまっすぐさに、ドキリとする。

「いや。実際、明星が輝けないならば俺たちに勝機はない。だから、明星の気持ちを救ってくれた貴方に、最大限の感謝を送りたい」
「北斗くんったら、相変わらず大げさだって」
「感謝している」
「う……」

なんだか、頬が熱い。こんな風に面と向かって感謝されるとか、あんまり経験がない……。

「……ふふ」

北斗くんがふいに笑った。

「日渡先輩は、可愛いところがある」
「なっ!?」
「俺達には惜しみない称賛と感謝を伝えてくれるのに、自分が言われると照れる。茶化したり謙遜したりしてな。俺も気持ちは分かるが、傍からそれを見ていると……なんだか可愛いと思う」
「ほっ……北斗くん、葵君たちから何を習ったの……!?」

口説き方がうまくなったとしか思えない! 漫才やってたんじゃなかったの!? と言いたくなるほどの言葉に、思わず声が上ずった。それを見てまた彼が楽しそうに笑った。
ああ、でも彼、よく笑うようになったな……。

「も、もう! 先輩をからかわない!」
「からかったつもりはないのだが……?」
「天然か! ますますズルいよ! もう、せっかくご褒美においしいもの作ってきたのになぁー。あげる気なくなっちゃうなー?」
「これは……クッキーを焼いたのか。さすが先輩、完成度も高い……ああ!?」

北斗くんが、唐突に驚きの声をあげた。ふっふっふ、気付いたか……このクッキーに何が入っているのか!

「こ、金平糖が生地に……!?」
「そう! 金平糖クッキー! かわいいでしょ」
「な、なんということだ……! 邪道だが、しかしそれを差し置いてでもめでたくなる可愛さ……!」
「ふふーん、でしょでしょ? 北斗くんが気に入ってくれると期待して作ったの!」
「お、俺の為にか……?」
「え? そうだけど?」

スバルくんの為だったら、フォーチュンクッキーにして中にキラキラしたものでも入れるし。真くんは何が好きだろう……今度聞いてみよう。
なんて私が考えていると、目の前で盛大なため息が聞こえた。

「……日渡先輩も、十分ズルいと思うぞ」

そう言った北斗くんの頬は、少し赤かった。
なんだか可愛い。いや、私の後輩に可愛くない子なんて存在しないのではないだろうか。

「また眉間にしわ寄ってるよ? はい、笑って笑って〜」
「うっ。今は無理だ」
「双子との成果を先輩に見せてほしいなあ」
「それは、当日のお楽しみ……ということにはできないか?」
「ええー。ま、それもアリかもね」
「そうしてほしい。当日は、日渡先輩に特等席を用意しておこうと思う。……正面から俺たちのことを見ていてほしい。俺の笑っている姿を、特訓の成果を、ちゃんと見せたいんだ」
「う、うんっ」

特訓しても、このプロポーズみたいなことを言っちゃう性格は変わらずだったか……。