彼氏力は未知数

「千夜お姉さま!」
「どうしたの司くん、そんなに急いで」

3−Bから出て、さぁこれから北斗くんを迎えに行ってお笑いレッスン……なんて字面的に見るとふざけてるとしか思えないことを考えていたため、真面目な司くんに話しかけられてちょっとビビった。

……というか、『Trickstar』に最近構いきりの自覚があったから、なんとなく責められる予感がして。まぁ『Knights』は『S1』不参加だし、参加するユニットを優先するのは道理ではあるけど……。

「お姉さま……」
「は、はひっ」

何時になく司くんが真剣な顔で迫ってくるので、思わず声が裏返る。な、なんだなんだ。やっぱり怒られるのか――!

と一年生相手にブルっている三年生の構図が出来上がりつつあったけれど、私の予想は完全に外れた。

「瀬名先輩からお聞きしたのですが、『UNDEAD』の羽風先輩とDateなされたというのは事実ですかっ……!?」
「ぶほっ!??」

なんのことですか!? と言いたかったけれど、余りの衝撃に噎せてしまった。その反応を見て、司くんは事実だと確信したのか、わなわなと体を震わせている。

「な、なんてことでしょう……! 千夜お姉さまが、魔物にかどわかされてしまうなど……!」
「えっと、それ誤解だから……」
「ですが、司もこの目で見たのですっ! お二人が連れ立って、駅前のCaf*に入るところを!」
「あー……」

この前の話か。
確かに、結局割引の誘惑には勝てず、店に入って席に着くまでは手を繋いで移動したけれど……それは店の中の話だし。そもそも大前提としてデートでは……いや、あれは薫くん的にはデートなのだろうか?
と、口に出せば墓穴を掘るであろう思考を繰り返す。

それでも一応、付き合っているわけでもないし誤解が広まっては困る。薫くんにも迷惑がかかること請け合いだ。

「あれは、ただ放課後に偶然会ったからだよ。別に付き合ってないから、司くんの想像する関係でもないし」
「本当ですか……?」
「本当」

じいっと見つめてくる司くん。目を反らせば怪しまれると思い、こちらも真摯に見つめ返す。廊下でなんでにらみ合ってんの? と聞かれそうな状況ではあるけども。

私の熱意が伝わったのか、司くんはそっと目を閉じて頷いた。

「大変失礼しました、お姉さま。少し私は焦りすぎましたね」
「ううん。最近、『Knights』の練習に行けてなかったもんね。不安になるよね」
「はい……でも決して、千夜先輩が悪いわけではありません。たとえ私たちが対象でなくとも、誰かの為に駆けるお姉さまは大好きです!」
「あ、ありがとう」

嬉しい言葉に、思わずドキッとする。なんだか告白を受けているみたいで恥ずかしい。
何にせよ、後輩に好かれるのは嬉しいなぁ……と私がほっこりしていると、司くんは畳みかけるように言葉を続ける。

「ところでお姉さま、お願いがあるのです」
「お、なぁに?」

今日は放課後に『2wink』のレッスン予定が入っているから、『Knights』には行けないけれど、司くんのお願いとやらを叶えられるかな。

不安そうに顔を曇らせた私に気づいたのか、司くんが『Knights』のレッスンではありませんよ、と少し笑う。ああよかった、これで安心だ。

「あの……私とDateしてください!」

安心した数秒前の自分、殴りたい。



「千夜先輩、司くんとデートするってホントですか?」
「えええ? ゆうた君、何その話! 俺聞いてないよっ!」

『2wink』の練習も今日はおしまい。という訳で機材を片付けたり部屋の掃除に当たっていた私の背中に、ゆうた君の発言とひなた君の驚いた声が刺さる刺さる。

「そ、そうみたい」
「みたいって……そうなんでしょ? 待ち合わせ場所は駅前なら、そろそろ出たほうがいいですよ」
「ちょ、ちょっと待ってよ二人とも! 俺にも説明して! そんな面白そうな話、俺だけハブらないでよ〜!」

面白がらないでほしい。

「この前、薫くんと一緒にカフェ行ったんだけどね……司くん、それが羨ましかったみたいで、連れて行ってほしいってさ」
「あー……あのひと、庶民文化に興味深々ですもんね」
「あ、やっぱり庶民体験の一環? だよねぇ」

うんうん、そうだ。そうに決まってる。
あんな真面目な司くんからデートを申し込まれたから動揺しちゃったよ。
それに『Knights』の末っ子たる司くんだ、お姉ちゃん二号(一号は鳴ちゃん)としても可愛がって当然だ。むしろ責務かもしれない。

「それで、同じ学校にいるのにわざわざ待ち合わせして、デートっぽくしてるんですか。案外司くんも、可愛いところあるんですねぇ。イメージ変わるなぁ」

ゆうた君がのんびりと感想を言う。

「ねー千夜先輩? この事、朔間先輩に言ってみましょうよ」
「ええ、やだよ。ついてくるじゃん」
「そうだよアニキ。それに、羽風先輩の命も危ぶまれるよ?」
「それ込みで面白いんだもん」

ひなた君め、さらりと飛んでも発言を。
ともあれ、これ以上学校に居れば本気で遅刻するため、二人に挨拶をして別れた。「追いかけちゃおうか、ゆうた君?」「やめようよアニキ、怒られるよ」とかいう可愛くも悪魔的なセリフが聞こえてきたけど、構う余地はなかった。




「やだ、可愛い! 夢ノ咲の子!?」
「今一人なの? 暇?」
「アイドル科の制服でしょ!」

ちなみにこれは、駅前の謎の像の前で、私がオカマちゃんに絡まれているという映像ではない。

「あ、あの……困ります」

そう、何を隠そう、司くんがイケイケのJKに囲まれている図なのだ!

……と、このテンションで突っ込んでいく勇気は私にはない。どうしたものかと、遠巻きに見ている女性比率の高めな群れで悩んでいる最中だ。

やってしまった、と自分の迂闊さを後悔する。
よく考えれば、夢ノ咲学院のアイドル科といえば、近隣高校のJKがこぞって憧れるイケメン集団である。そんな中でも司くんは一年生、かつ礼儀正しい紳士。

これが晃牙くんや泉あたりなら「ウザイ」の一言で彼女たちを自分で一掃するのだろうが、司くんはそうもいかないだろう。

待ち合わせ、せめて校門にしとけばよかった……。

「えーいいじゃん。さっきから見てたけど、十分間くらいそこに居るよね?」
「で、ですから私は待ち合わせを……」
「いやいや、暇してたんでしょ?」
「ていうか、逆ナン待ちだったんじゃない?」

おいおいおい。それは当たり屋レベルの言いがかりだ。
というか司くん、十分前行動してたのか。相変わらずの真面目っぷりだ。……けれど、それだけ楽しみにしてくれていたんだとしたら……。

「Stop! やめてください、触れないで」
「やだ、照れちゃってる〜」
「かわいい!」

JK三人組はますますエスカレートして、ついには司くんの腕を掴み始めた。

このままでは、司くんの初デート(事実未確認)が台無しだ。
それは庶民代表として、そして彼の先輩として――看過できる訳なくて。

「ごめん! かさくん、待った?」

司くんの背後から駆け寄り、泉が使っているあだ名で呼ぶ。朱桜家の御曹司でもあり、可愛い後輩である彼の本名を……こんな人たちの前では晒せない。

彼の腕に手を回す。少々強引に引っ張れば、JKの手が司くんから離れる。

「待たせてごめんね?」
「お……お姉さま!」
「さ、行こう! 今すぐ行こう!」

ぶっちゃけJKに絡まれるの怖いし、一瞬でも早く逃げ出したいからネ!
という本心は押し隠し、腕を組んだまま彼女たちに背を向けて歩き出した。……競歩くらいのスピードで。

背後から「うわ、何それシスコンじゃん」「つーか似てない」「ありえないんですけど」みたいな声が聞こえた。そ、そうかー……誰一人として彼女という想定はしてくれないのね。別に良いですけど。司くんの彼女にしては顔面偏差値が足りませんね、分かります。でも姉弟のほうが顔面偏差値必要だよね。

なんて私がむくれていると、司くんが急に足を止めた。当然私の動きも急停止させられ、びっくりして振り返る。

「つ、司くん?」
「……」
「あ……さっきの怖かったよね。ごめんね、私が司くんみたいに早く来てれば……」
「……千夜お姉さま、私は悔しいですっ」
「え!?」

司くんは自分の右手を強く握って、なぜか悔しさに打ち震えている。え、なんで悔しい? 怖いとかじゃないの?

「私は千夜お姉さまという女王陛下をお守りするKnightなのに……あのようにお姉さまにご迷惑をおかけし、あまつさえ守って頂くとは……!」
「あ、ああ、そういうことかぁ」
「そういうことかぁ、だなんて! 軽いですよお姉さま!」

意外と司くんって、たくましい子なんだね。というかあんな恐喝まがいの逆ナン受けても自分に反省点を探すあたりが、ほんとうに優等生だ。見習ってほしい人物が、自分を筆頭にめちゃくちゃ居るぞ。

「まぁまぁ。私だって先輩だから、後輩のこと守りたかったの」
「ですが……」
「それに、司くんの活躍はこれからが本番でしょ?」

先ほどまで握られていた右手に、自分の左手を重ねる。
ぱ、とうつむいていた顔を上げた司くんが可愛くて、思わず笑みがこぼれた。

「うまくエスコートしてね、私の騎士様」

ちょっと恥ずかしいけど、司くんならきっと喜ぶだろう。
なんて希望的観測でしかないことを考えていた私だけど、案外現実は単純だ。
輝かしい笑顔を見せてくれた司くんを見て、正解だったことを知る。

「Yes,my lord!」