疲弊ぎみのシックスティーン

「おーいあんずちゃん、お料理手伝いに来たよー!」

ガーデンテラスに元気よく、しかし埃などをまき散らさないように静かに入る。キッチンの傍には、あんずちゃんの他に二人ほど人影が。

「先輩! わざわざありがとうございます……! いま、レモンのはちみつ漬けと金平糖シュークリームと兵糧丸を作ってて……」
「うん??」

最後の料理だけ直送地が戦場としか思えないのだけど、まぁ細かいことは気にしないというスタンスでいこう。

彼女と、その隣に居る身長の低い子は……おそらく一年生だろうか。二人は謎の生地を作成している最中のようだ。おそらく兵糧丸の元だろう。そして彼らと少し離れたところで、もくもくとレモンをカットしている男子が一人。

「千夜先輩、よかったら衣更くんを手伝ってあげてもらえませんか? 私、兵糧丸作るのは初めてで、手こずっちゃって」
「ああ、そうだよね。そりゃそうだよ……普通ないもん。うん、じゃあ頑張ってね」
「はい!」
「一年生の子も、頑張って」
「アッ、はい……」

片目が隠れた髪型の子は、ちょっとビクッとして頭を下げた。三年生ってそんなに怖いものなんだろうか……。あとこの子、どこかで見たことあるような。頭の中で千秋が高らかに笑っている。流星隊の子だったかな……?

とりあえず今は真相を確かめる時ではない。あとで千秋にLINEか何かで聞けばいいことだ。とりあえず、衣更くん? のお手伝いを。

私とあんずちゃんの会話を聞いていたのか、衣更くんはこっちを見てぺこりと頭を下げた。

「初めまして、衣更くん。私は……」
「あっ。俺、北斗たちから貴女の話を聞いてます。俺は2年B組、衣更真緒っていいます。貴女は日渡先輩、ですよね」

にっ、と人懐っこい笑みを浮かべる衣更くん……もとい真緒くん。さっきの一年生とは対照的な感じだ。

「あ、うん! 日渡千夜、プロデュース科三年生です! 北斗くんから聞いたってことは、貴方が『Trickstar』の最後の一人?」
「はい。あいつらが特訓中は、生徒会の仕事で来れなかったんです、スミマセン」
「いやいや、私に謝らなくてもいいよ! むしろ練習来れなかったら不安だよね。これからの一週間、レッスンで御用とあらば遠慮なく呼びつけちゃってね!」
「ほんとですか? 実は確かに、ちょっと不安なんですよね……よかったら色々教えてください」

生徒会、と言っていたけど、真緒くんの立ち位置は微妙な感じなのだろうか。その辺も仲良くなったら聞いてみようと思う。

二つの組織の板挟み……的な気持ちはよくわかる。『Knights』と『Trickstar』のプロデュースを重点的に掛け持つのは、なんとなく『Knights』側に対して神経を使いがちだ。

「あ、じゃあ早速なんですけど、俺が切ったレモンの種を取ってもらっていいですか?」
「はーい。あれ、でもはちみつ漬けって一晩寝かせたりしないの?」
「しますね。これは明日の分って、転校生が言ってました」
「わぁ、じゃあ毎日作ってくれるつもりなんだね。えらいね、あんずちゃんは」
「ありがたいっすよね。俺も頑張らないと」

真緒くんは話上手で、適度に会話をはさみながら作業を進めることができた。その過程で、ちょこっとお互いの立ち位置について触れてみると、思いのほか話が弾んでしまった。

「正直二重スパイみたいで嫌なんっすよ、この生活。でも自分で背負っちゃった面倒ごとだし、放り投げられないっつーか」
「あー、分かる。今までずっと『Knights』ばっかプロデュースしてたから、ここ最近ほかのユニットと交流してるとたまに罪悪感がね……いろんな人とレッスンするの楽しいんだけどさ……」
「ですよね! こう、責任と義務感を背負っちゃってるんすよ」
「それな!」

盛り上がり方が完全に中間管理職の愚痴だ。まぁ、おかげさまで真緒くんはずいぶん心を開いてくれたみたいなので結果オーライか。

「なんか、スバルの言ってた通りだ」
「ん? なにが?」
「あいつ、悩み事とか、誰かに言いたいことがあったら、日渡先輩に言ってみるといいよ! って自信満々に言ってたんすよ」
「あはは、そんなに頼られてるなんて思ってなかったなぁ。真緒くんのお役には立てたかな?」
「とっても」

に、と笑う真緒くん。どこか疲れたような顔で笑う彼だったけど、今は曇りのない晴れやかな笑みだ。

「話してよかった。共感してくれる人なんてなかなか居ない悩みっすから」
「そうなのかな。きっとみんなは、こんな状況になっても上手くやってるんだろうね。それか、こんなことになる前に片方切っちゃうのかな」
「だと思います。あーあ、器用に生きたいもんですよ」
「あはは、そうだね。でも今話してる限りは、真緒くんのそういう優しいところが、『Trickstar』の皆は好きなんだと思うよ」

もちろん、私もね。と付け加える。
煌びやかな人が多いこのアイドル科で、人間臭い悩みを抱える真緒くんは、なんとなく親近感が持てる。それに、優しい子だというのもよく分かった。

真緒くんはぽかん、と私の言った言葉の意味をなぞるように瞬きを繰り返した。そして少し口の端を上げると、はちみつのたっぷり入った瓶の口を開ける。

「ほんと、スバルの言う通りだなぁ」

優しい姉ちゃんみたいだ。
なんて、ちょっと涙声の呟きが聞こえた。けれど、男子高校生というお年頃であることを考慮して、聞かなかったことにしてあげよう。

そうだ、今のうちに、彼の好きなお菓子は何か聞いておこうかな。それで、今度不器用な彼をねぎらう為にプレゼントしよう。いずれはスバルくんと真くんにも何か作ろう。北斗くんだけじゃ不公平だし、ね。