面白きこともなき世を

昨日は結局泉にバイクで連れて帰ってもらったから、日付をまたいでの帰宅は免れた。そして今日は北斗くんとスバルくんと同じ時間に帰った為、時刻はまだ七時前。

「先輩? どうした、公園を見て」
「あ……ううん。なんでもない」

どうやら今日は、レオも居ないみたいだ。
スバルくんはじっと公園の入り口のプレートを見つめて、楽しそうにしている。

「ねぇ、見てみてホッケ〜! ここの公園の名前、面白いよ!」
「『戦場ヶ原公園』……? 確かに、変わった名前だな」
「あはは。ここ、私がよく遊んでた場所なんだよ」
「へー、そうなんだ! 今度俺も、大吉連れて遊びに行こっかな!」
「日渡先輩がここで……なるほど、思い出の場所というやつだな」
「そうそう。『S1』終わったら、ここでボーっとお喋りするのもいいかもね」
「公園デートだね! 楽しそう!」
「三人で行くのにデートなのか……?」
「ホッケ〜は相変わらず細かいなぁ!」

私に言わせれば、相変わらず二人とも仲がいいなぁ。かな。

『Trickstar』の皆はここ一週間でずいぶん成長した。真緒くんと真くんは根詰めて練習しているけれど、北斗くんとスバルくんは適度に力を抜き、毎日のコンディションをより良いモノにしている。どちらも努力には変わりない。このまま皆をサポートしていこうと思う。

家に着き、スバルくんと北斗くんにお礼を言って別れる。「バイバイ!」「また明日、先輩」と、明るい声と穏やかな声が耳に心地よかった。信頼の色をのせた音だった。

嬉しいな、と頬が緩むのを抑えきれない。にやにやしながら帰宅したら気持ちわるいので自制して表情筋を固くする。ふぅ、と息を吐いてからドアを開いた。

「ただいまー」
「おっ。おかえり、千夜!」
「あれ? レオ」

一瞬、帰る家間違えたか!? と思ったけど、どう見てもこの玄関の形とか私の家だし。レオが帰る家間違えたの? と不思議に思っていると、レオは楽しそうに笑った。

「うんうん、妄想してみろ! おれがここに居る理由! おれが答えを言わない限り、千夜の想像の可能性は無限大だ☆」
「えー、なんだろ? てか、よく考えればレオって勝手に私の部屋とか上がりこんでるしなぁ。遊びに来ただけ?」
「つまらん」
「バッサリ切り捨てないでよ、傷つくなぁ」

やれやれ、と思いながら靴を脱ぎ、リビングに上がる。おや、いつもならキッチンに居るはずの母の姿がない。
代わりに、そこに居たのは可愛い可愛い我らが……

「ルカたん! え、なになに、どういうこと? これ、もしかして」
「そうだぞ! ルカたんの手料理だ!」
「なんで!? でもとりあえず、いやっふう!」

謎テンションでパチン! と二人で手を打つ。相変わらず傍迷惑にテンションが高い兄と姉貴分に、ルカたんは苦笑していた。

なんでも、急遽うちの母がレオママと二泊三日の旅行を決め込んだらしい。決めたのが今日の昼で、当然私は家にいない。そこで母は、

「ごめんねぇレオくん、三日間うちに泊まってくれない? うちの子一人じゃ生きていけなさそうで……」

的なノリでレオにお泊りを要請したらしい。おい、レオより生活能力低いと思われてる私はなんだ。ペットか。ペットなのか。知人宅に預けるつもりか。……まあ知人がうちに転がり込んでる状況だけど。

で、ルカたんは今日の私とレオの晩御飯を作りにわざわざウチに来てくれたらしい。なるほどこの子が大天使か。

「ルカたんは泊まらないの?」
「ああ、明日からルカは林間学校だ。な、ルカ」

こくこくとうなずくルカたん。
こいつ……ルカたんの前では相変わらずの猫かぶりだ。でも今さっき、思いっきり私とイカれたテンションでハイタッチしたからね。バレてるよ、たぶん。これで気づかないならルカたんは乙女ゲーの主人公だ。でも納得の可愛さだから、乙女ゲー主人公でも許す。

料理を作ってくれたルカたんも無事帰宅し(もちろん、私とレオが送った。家は隣だけど)晩御飯の時間になる。

うーん、思えばレオと二人っきりで長く過ごせるのも久しぶりだ。なんだかわくわくしてきた。レオも同じ気持ちなのか、どことなくソワソワしちゃってる。

「食べよう! 今すぐ食べよう、ルカたんの料理だぞ!? 確実にインスピレーションを刺激するはずだっ!」
「はいはい。でも、作曲はごはん食べ終わってからね?」
「ええー!?」
「ルカたんの手料理が冷めちゃったら可哀そう……」
「うぐぐ……た、確かに……ごめんよルカたん、ルカたんの思いを台無しにしようとした、ふがいないおれを許してくれぇー!」
「はいはーい、じゃあ食べよっか。レオのお皿どこ行ったっけ」
「あ、そこ。その星柄のやつだろ。宇宙っぽくて好きだ!」
「昔からだね。ほら」
「ありがとう千夜! おれのことを分かってくれる、お前が一番大好きだ!」
「ルカたんの次に?」
「ルカたんと人間は別枠だな……」
「くっ、やはり大天使だったか……」
「…………っぷぷ」
「っは、あははは! あーもう、おかしい!」

こんなに愉快な会話は何時ぶりだろう。やっぱり、誰よりレオが話しやすいし、一緒にいて心が弾む。
じゃれあうようにしながら、一緒に食事の準備をする。やっぱり、どんな時だって私はレオに笑っていてほしい。笑っているレオの隣に居られるのが、いちばん幸せだ。

――ああ、やっぱり、革命頑張らなきゃな。
レオが笑顔で戻ってこれる場所にしなきゃ、意味ないや。

「ね、レオ」
「んー?」

二人、向かい合って料理を咀嚼する。ルカたんが作ってくれたのは、定番のカレー。

「現実も案外面白かったら、夢ノ咲に戻ってくる?」
「ん……そうかもなぁ。刺激だけは、あそこに勝るものはないと思う」

彼もだいぶ、回復していると思う。泉は「もうれおくんは戦えない」と言ってたけど、それは泉が望んでることなんだと思う。もう戦わなくていい、無理をさせた罪滅ぼしをしたい。そんな感じの。

けど、やっぱりそれじゃ「つまらない」と思う。戦いじゃなくて、ステージの上で輝くだけならば。それなら、きっと泉もレオを呼びたいはずだと思うから。

「面白くしてあげるね」

だから待ってて、と伝えれば。

「お前以上に面白いことなんて、ないけどさ。うん。千夜が面白くしてくれるんなら、楽しみだな!」

少し困ったような、でも優しい顔でレオは笑った。