不協和音

「日渡さん!」
「俺たちのユニットのプロデュースもお願いしたいんですけど」
「俺らも」

う……嘘やろ工藤!
なんて冗談言ってる場合じゃない。
現在アイドルも顔負けの野次馬に囲まれ、教室の扉を一方封鎖しちゃってる状態だ。そもそも私をかこっている人たちがアイドルの卵っていうのもおかしな話だけど。

なんでも、昨日の『Trickstar』の勝利は『敏腕プロデューサー』のあんずちゃんによるところが多いとうわさが盛んらしい。その時点で業腹なのはあんずちゃんも同じだろうが、今はそこを論じる余地はないので省略。
でも三年生の連中は、端から私の存在を知っている。
あんずちゃんを鍛えたのは当然、私だろうと思っているらしく……わざわざ二年に頭を下げるより、私と話をつけたほうが早いと思っているらしい。

「いや、ほんと勘違いだから。あれは『Trickstar』とあんずちゃんの努力の積み重ねというか……」

それとなく『Trickstar』を推してみるも、特に誰も聞いちゃくれない。ほとんどもみくちゃ状態で、声が声を邪魔するような感じだ。

「ねぇ、あんたら人のプロデューサーに何してんの。チョ〜うざぁい」

張り上げられた訳でもないが、その声はよく響いた。しん……と静まり返る野次馬たち。

「ふぅん、力量は弁えてるみたいだね。それでこそ夢ノ咲の生徒だよねぇ、感心感心……♪」
「い、泉」
「で、千夜。今日は『Knights』の使う防音練習室がいつもと違うんだけど、まだ言ってなかったよねぇ? 昼休みに迎えに来るから、ちゃんと教室に残ってること」
「あ、うん……」

本当はそんな約束なんてしてなかった。当然だ、『S1』の終わった今、めぼしいイベントもない。昼休みまでトレーニングする必要性はなかったはずなのに……。
もしかして、私を気遣って『Knights』の皆が個室を用意したのだろうか。

「ふわぁ……朝はさすがに堪えるのう。おや、瀬名くんに千夜よ、朝から逢引かえ」
「えっ、零さん!?」
「そんなに驚かれると傷つくんじゃが……まあ良い。なに、昨日はよい運動をしたからのう。我輩、吸血鬼じゃけど思いっきり夜中に寝てしまったわ」

ふらりと覚束ない足取りでやってきた零さん。朝に彼が教室に居ること自体がレアすぎて驚きなのだが、これも彼の配慮の一つなんだろう。泉も零さんも、ちょっと過保護だ……と普段なら言ってのけていたけれど、こんな状況じゃそれも言えなかった。

泉が少し眉をひそめて、でも何も言わず教室へと戻っていった。零さんは私の肩に腕を回すと、B組へと入っていく。『UNDEAD』と『Knights』に囲まれちゃ勝ち目ねえよ、と野次馬がぼやきながら散っていくのを何となく気配で察した。

アフターケアも万全にしなきゃダメなんだなぁ……と、ちょっと自分の甘さを反省した。生徒会を一度打ち倒したものの、これから先どうなるかは分からない。
ましてや、英智があんなに元気に復活してくれちゃってる訳だし……。

「……なんであの人、いきなり……」
「ん? なんじゃ千夜」
「あ、いや」

零さんもさすがに、昨日英智が私にキスしようとしてきた〜なんて事情は知らないらしい。生き字引にそんな記録を残してほしくないし、この話はなかったことにしておこう。



お昼休み、泉と一緒に防音練習室に入った。そこには珍しく、全員そろっていた。ご飯は各自適当に取っているようだ。

「はいはい、揃ったみたいだねぇ」
「泉ちゃん、いきなり呼び出してどうかしたの?」
「全員に話があんの。重要な話だからね、一応密室で」

重要な話。昨日、あの後彼は、英智となんの話をしたんだろう。
今日彼が話す話は、絶対にそれが絡んでいる気がする。あまり良い予感はしなかった。

「Lessonではないとお聞きしたので、制服で来ましたが……問題ありませんか?」
「問題ないよ。すぐ終わるし」
「で……ふあぁ……早く話して、さっさと開放してほしいな」

凛月は固い床でも寝っ転がっている。あまり話を聞く態勢じゃない、と苦笑していると、「こっち来て、枕になって」と腕を引っ張られる。やれやれと思いながら座ると、凛月は待ってましたとばかりに私の膝に頭を預けた。「凛月先輩!」と忠犬よろしく司くんが注意するが、凛月は無視を決め込んでいる。

「ちょっと、騒がないでくれる? チョ〜めんどくさいし」
「ぐっ……す、すみません」
「まぁいいけどさぁ……。簡潔に説明するから、ちゃんと聞いてなよぉ?」

パイプ椅子に泉が座った。長い脚を組むと、少々不機嫌そうなため息をついてから一言。

「近々新しいメンバーを入れるから。新入りを鍛える為に、しばらくレッスンを毎日する。そのつもりで居なよ」

「「「はああああああ!??」」」

と叫んだのは私と司くんと鳴ちゃん。凛月はその声でビクッと肩を跳ねさせた。

「なっ……どういうことですか!? 一年生ですかっ!?」
「いや、二年生」
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ? 二年生って、ユニットに所属してない子なんていたかしら……? 移籍ってコト?」
「ていうか、誰!?」
「あーもう、チョ〜うるさいし! ゆうくんだよ、ゆうくん!」

誰だ、ゆうくん。
一年生から三年生まで、心の声がそろった気がする。

説明を求めるじとーっとした視線に、泉は少し居心地が悪そうだった。

……おかしい。
普段なら、こんな説明に困るような真似はしなかったはずだ。
しかも新メンバーなんて大事な話を、誰にも相談せず決めるような男ではない。第一、レオの帰りを待っているはずの彼が……その穴を埋めるような新メンバーを入れるだろうか?

「ねぇ、泉。やっぱり昨日――」
「とにかく。千夜もその関係で、しばらくは『Knights』に付きっ切りでプロデュースしてもらうから」
「えっ。ちょ、ちょっと待って、それは」

それは困る。
週一回は『UNDEAD』のプロデュースをしているのだ。『2wink』も最近は関わることが多いし、放課後は軽音部の活動だってある。それに『Trickstar』の今後だって気になるし、これからが本番なのに、彼らを放置する訳にも……。

しかしそれを言い出せずにいると、さすがに鳴ちゃんも変だと思ったのか、

「ちょっと、さすがにそれは強引すぎよ。千夜ちゃんだって忙しいだろうし……」

少したしなめる様な声色で発言した。
司くんも不審感を露わにして、首を傾げている。

「第一、お顔も見せていただけないのは如何なものでしょう。SurpriseにしてはSenseがよくありません」
「あーもう、うるさいな……。サプライズなんてつもりはない。これはどっちかって言うと、義務だから。きれいなモノをきれいなまま保護する義務。守るための義務……」

言い聞かせるように泉が言った。でもそれは、自分自身に言い聞かせているようにも聞こえた。
少し雰囲気が悪くなる。お互い、別に相手を責めるつもりはないけれど、理解が及ばなくて困っている。そんな具合の空気の悪さだ。

それは眠っている凛月にも伝わったのか、彼が膝の上で身じろいだ。

「……ふぁあ。まぁ、千夜は誰のためにプロデュースの知識を身に着けたのか。……そこは忘れないようにねぇ……?」
「え……」
「お星さまと俺たち、どっちが大事? ……なんて、昼ドラ以下のセリフは言いたくないけど……。ちなみに俺とセッちゃんは、あんたを選んだから」

だから、あんたも選ぶんだよ。

そういった凛月の目は、見慣れた赤色のはずなのに……どこか不気味に感じてしまった。