末っ子力は50000

予告通り、零さんが転校生のあんずちゃんを部室に連れてきた。ひなた君とゆうた君は興味津々……というか新しいおもちゃを手に入れたように生き生きと彼女にダンス指導をしている真っ最中。

「っていうか、どうせ踊るなら可愛い衣装来たほうが面白くない?」
「いいね! アイドル衣装着せて、Trickstarの人たちを驚かせちゃおう」

完全にイタズラ仕掛け人の顔だ。渦中のあんずちゃんは、困惑しているけれど嫌がってはいない様子。

「千夜先輩、なんか良い衣装持ってないですかー?」
「女の子の衣装……はないなぁ。あ、でも」

ロッカーをごそごそと探る。すると、紙袋の感触がした。これこれ。

「なずなに作った、Ra*bitsの新衣装ならある」
「見せて見せて〜! ……ぶほっ、フリルすごいですねぇ」
「アニキ笑いすぎ……でも、これは……っふふ」
「ええ、そんなに笑う? ひっどいなぁ、可愛い路線って言われたからこうしたのに」

なずなのちっちゃ可愛い感じを引き立てよう……という意思が強すぎたらしい。フリフリの水色の衣装は、双子たちに奪われてあんずちゃんにもお披露目された。
すると彼女は、ぱぁっと顔を明るくする。

「かわいい……これ、先輩が作られたんですね!」
「う、うん。可愛い?」
「は、はいっ! これ、着て良いんですか……?」

どうやら、女の子受けは良いみたいだ。もちろん、と親指を立てれば彼女は嬉しそうにはにかんだ。更衣室……まで送ることは難しいが、隣の空き教室で彼女に着替えてもらい、レッスンを再開することになった。

「じゃあ、私は転校生ちゃんと空き教室行ってきますね」
「おお……千夜よ。頼んだぞ」
「零さん、こ〜ちゃんはこのままで良いの?」
「うむ、わんこは只今反省中じゃからのう。優しい千夜がなでなでしてやれば、多少落ち着くかもしれんが」

 部室の隅で、猿轡装備の晃牙くんが縛り上げられ転がされていた。うーうーと唸る様はホントにわんこみたいだ。

「よしよし、零さんが意地悪だねぇ……可哀そうな晃牙くん」
「うー! むー!!」
「待って待って、私に怒らないで!?」

 髪をなでれば、顔を真っ赤にして彼が何か叫んでいる。猿轡をちぎってかみついてきそうな勢いだったので、背を向けずにゆっくりと離れていくことにした。

「うむ、わんこもまだまだ初心じゃのう」
「千夜さん、俺も後で撫でていいですよ」
「なんでだよ。アニキ、撫でられるようなこと何もしてないじゃん」

なんて、楽しそうな男の子たちの会話を聞きながら、あんずちゃんと女の子同士で部室を出て行った。



「着替え終わった?」

こくこくとあんずちゃんが頷く。
なずなと彼女はちょうど体格が一緒なので、衣装もぴったりだった。合わせで作っていた帽子があったので、どうせなら徹底的にやっちゃう!? と二人できゃいきゃいはしゃいだ結果、あんずちゃんの髪を上でまとめ、帽子の中に隠した。
するとあら不思議、中性系アイドルの誕生!

「よし! じゃあ早速、双子ちゃんにプロデュースされに行こうか」
「はいっ!」

二人連れだって空き教室を出ようとし、廊下に足を踏み出した。
その瞬間、だ。

「あっ! 千夜お姉さま!」
「え、司くん?」
「偶然出会えるなんて光栄です! Marvelous!」

嬉しそうに私の手をとった赤髪の少年。朱桜司くんだ。
彼は私の幼馴染がリーダーを務める『Knights』の一員、なのだが……一体全体、なぜこんなところまで来ているのだろう?

「司くん、どうしてこんなところに?」
「それはもちろん、お姉さまにLessonを受けるためです! 瀬名先輩も探していましたよ」
「え? 泉が? 今日約束とかしてたっけ」
「していません……ですが、お姉さまはいつでもKnightsを案じてくださっていると思い……駄目ですか?」

Please…と可愛くも流暢な発音で「一緒に来て」と暗に示す司くん。控えめに言って天使。いつもなら速攻でOKが出せるんだけど、今日は……。
あんずちゃんも心配そうにこちらを見ている。Trickstarに協力するかしないかも分からないユニットに、自分の姿をさらすのは得策ではないと、今日の出来事で身をもって知ったらしい。

「えーと、司くん、ちょっと今日は……」

とりあえず部室に彼女を送り届ける、いわば見張りの役も兼ねているのだ。今すぐという訳にはいかない。

「……千夜先輩。そちらのお方は、どこのユニットのお方ですか?」
「えっ」

司くんが頬を膨らませ、じいっ……とあんずちゃんの方を見ている。どうやらKnightsよりも優先させているユニットがいるから不満! と思っている様子。

「この子は別に……」
「すみません、本日はお姉さまと先約が?」
「つっ、司くん!」

ふるふる、と首を横に振るあんずちゃん。どこか怯えている様子だ。
すると司くんは途端に表情を柔らかくし、「わかりました。大変失礼いたしました」とあんずちゃんに一礼。うーむ、礼儀正しいのはかえって威圧感がある。

「では、千夜お姉さま! 本日も司のことを見てくださいまし」

まるで星かハートでも飛んでるんじゃないか、ってくらいのかわいらしさで言われてしまった。もう断る空気じゃないぞ、これ! 恐るべき末っ子パワー……!

「う、うん。わかった。でも五分だけ待ってて」
「はい! では、いつもの防音室でお待ちしております!」
「OK! じゃ、後でね!」

司くんの発音とは程遠いOKを出したところで、私はあんずちゃんの手を引いてそそくさと軽音部室に逃げ帰ったのだった。