演じましょう、誓いましょう

『Trickstar』と『Ra*bits』のステージ……準決勝が始まったらしい。講堂は外からでもわかる熱気に満ちていた。
まだ北斗くんは見つからなかった。このままでは『fine』のステージも始まってしまう。そうなればもう、北斗くんに輝かしいものを見る機会は永遠に失われてしまうような、そんな確信めいたものがあった。

このまま闇雲に探しても、見つからない可能性が高い。だったら、と私はスマホを取り出した。電話マークのアプリを押し、は行を探す。残念ながら、氷鷹の文字を探しているわけでは無い。

万感の思いを込め、通話ボタンを押す。

「お願い、応えて……」
『ええ、もちろん応えましょう、その思い! 叶えましょう、その願い! あなたの日々樹渉です……☆』
「ってええ!? 渉、どっかで私のこと見てる!?」

まさかのワンコール目で通話開始だ。びっくりして叫んだが、そもそも彼には常識とか普通とかが通じないのを失念していた。

『ふっふっふ、企業秘密ですよ! ああ、そんなことより……北斗くんのことを探していると思いましたが、違いますか?』
「まったく、どこからその情報を得たのか謎だけど……うん、そう。もしかしてもう、『fine』のリハに参加してるとか……?」

だったら、もはや完全に手遅れだ。しかも渉のリハーサルの邪魔をしていることになる。潔く身を引くべきではあるけれど……。

『いえ、もはやリハーサルの余地などありません。貴女の策が見事、功を奏していると言えましょうね』
「あ……そっか。英智……」

英智はずっとステージに出ずっぱりだ。死ぬような苦しみを味わっているはず。もはやリハーサルなどで余計な体力を使う余裕もないのだろう。

予想はしていたけれど、いざ苦しんでいると言われると……。
そう思った私の心を見透かしたように、渉が少し諫めるような声色で私に語り掛けた。

『おやおや、そのように悲痛な声を出されてはいけません。悪役を、復讐者を演じたいのであれば、最後までその名は憎悪で呼びなさい。たとえ英智が血を吐いても、その体を地べたにつけたとしても。最後のステージが終わるまで、貴方は彼の無様を喜び、苦しみを味わう。それが流儀であり、英智のプライドを傷つけない愛でもあります』
「そう、だね。ここで躊躇ったら、卑怯だもん。ごめん」
『いえいえ、良いのです。それを言えば私もあなたと同じく、卑怯と言えましょう。北斗くんの心を殺したくない、先輩心が働いてしまって……ですから今から私も、少しばかり『裏切り者』の役を演じましょう』

そう言った渉から、北斗くんの居場所と、彼に充てられた『おばあちゃんからの手紙』の存在を教えられた。

「ありがとう、渉」
『いえいえ、私はどんなショウもAmazingなものに仕上げたいだけですから!』
「そう。ごめんね、いっつも最後には渉に頼っちゃって」
『うふふ。信頼とは心地よいものですね? 孤高のピエロとはいえ、たまには信を寄せていただけるというのも、悪くありません』
「たまには? 私はいつも一方的に信頼してるから、そこのところは宜しく。じゃあ、お互い頑張ろう」

渉が少し驚いたような声を上げているのを聞きながら、通話を切った。
本当に時間は残り僅か。『UNDEAD』と『fine』のステージが始まるまでに間に合わせないといけない。急いで渉の教えてくれた場所まで走る。

渉が教えてくれたのは、講堂より少し離れた場所にあるベンチだった。今、まるで学園すべての人間が講堂に居ると思ってしまうくらいには、外は静まり返っている。空には暗雲が立ち込め、星は見えない。

「北斗くん! 居る!?」

なんて寂しい場所だろう。なんてつらい場所に、一人きりにしていたんだろう。自分を責める。こんな場所に、北斗くんをずっと一人にしていた。探し出せなかった。

「北斗くん!」
「――千夜先輩」

手に、熱が触れた。
振り返ると、そこにはまだ制服姿の北斗くんが佇んでいた。左手には、手紙と思わしきもの。そして、彼の表情は――

「すまない。本当に、心配をかけて。俺は、バカだった」

晴れ渡っていた。
覚悟を決めたものの、目だった。

「現実と将来、親の目線、周囲の期待、今まで積み重ねた人生。俺は何もかもに足をとられ、手を塞がれたと思っていた。『fine』に所属することで、将来の安定という、約定された未来を手に入れたのだと、覚悟を決めたつもりだった」

もう鈍い星ではない。彼の青い瞳は、超新星のように煌いていた。

「だが。どうせ手を荷物に塞がれるのなら、――それは仲間がいい。先輩は、どう思うだろう。俺のこんな考えは、甘いだろうか」
「……ううん。北斗くんらしいと思うよ、私はね。それに、甘さだけでそんな選択はできない。だから、尊敬してるよ」

素直な気持ちを伝えた。全部手札にあって、それでも北斗くんは仲間を選択した。ならもう、それは甘えなんかじゃない。立派な決断だ。

「――人生は重き荷を背負い、遠き道を行くが如し」
「……何かの名言だろうか」
「そう。徳川家康のね。今の北斗くんに送るには、ぴったりだと思ったの」

君の背負う荷は、きっと素晴らしいものだ。
そういう思いを込めて、言葉を贈る。彼にもきっと伝わった。

「ならば、背負う荷物は『安定』や『期待』なんかより、同じ夢を見る『仲間』がいいな。どれだけ重くっても、足をとられたとしても、俺はそれを背負うならば歩いて行ける。そう、信じていたい」
「そうねぇ。私もそう思う」
「俺も、千夜先輩を背負えるようになりたい。いまは、その役目は『Knights』にあるのだろうけれど」

まっすぐな言葉。
プロポーズみたいなことを言う、って思ってたけど、違ったな。
彼はいつも、私に誓ってくれていたのだ。すべての言葉に、誠意を込めて。ありったけの信頼を。

「革命が終わった頃には、勝手に北斗くんの荷も分けてもらうから、そのつもりで居てほしいな」
「どういうことだ?」
「仲間はただの荷物じゃなくて、時には荷を支えてくれる人にもなるってこと!」
「……千夜先輩、ありがとう。貴方の言葉に、俺は今日一日で何回も救われたと思っている」
「いえいえ。だから私のことも助けてね? このままだと私、一生皇帝の奴隷なんだから」

冗談っぽく言うけど、結構本気で困ってるんだよ。なんていえば、彼は少し楽しそうに笑った。チャンスは一度、希望は砂粒のよう。だけどもう、逃しはしないだろうと思う。

「ああ、もちろんだ」

北斗くんはうなずいた。

「響かせよう、俺たちのアンサンブルを」
「――そして、必ず革命を起こそう」

いつも誓ってくれる貴方に、今日は私が誓う番。