『Knights』

北斗くんの『Trickstar』の衣装を渡し、彼は急いで講堂へと向かった。もうすっかり日は落ちきって、準決勝開始から大分過ぎてしまった。まだ『UNDEAD』と『fine』は戦っているだろうか。零さんのことだから、確実に延長戦にはもつれ込んでいるはずだが。

……と、考えるのもいいけれど。

「ねぇ、そろそろ講堂までエスコートしてくださる? 私の騎士様たち」
「……なに、分かってたのに黙ってた訳? チョ〜うざぁい」

その言葉とは裏腹に、かなり気まずそうな顔をして扉の影から出てきたのは『Knights』の面々。『Trickstar』の防音練習室の前で待っていると思ったけれど、やっぱり当たりだった。

「ほら、俺の言った通り……あの真面目そうなやつと、衣装取りにきたでしょ」
「あ、凛月がここを張り込もうって言ったの?」
「そう。だってここに真面目くんが来なかったら、千夜は俺との約束破ったことになるじゃん……?」

皇帝を倒し、官軍になる。
それが、一時的に『Knights』を裏切った私の宣言だった。なるほど、じゃあここに集まった皆は、裏切り者を糾弾しに来たという訳か。
仕方ない。特に、泉にとってもこれは【SS】に挑む最後のチャンスだったのに、私が一回戦目から妨害したようなものだった。
北斗くんが言ったように、私も覚悟を決めよう。たとえ、『Knights』との繋がりを絶てと言われようとも……最終的にレオが戻ってこれるなら、辛いけれど受け入れられる結末だ。

「どんなお叱りも、恨み節も受け入れるよ。もう『Knights』にかかわるなっていうなら、その通りにする。貴方たちのステージを見ることさえしなかったもん、嫌われて然るべきだからね。……覚悟は決めたよ」

そう言い切って、裁判を受ける罪人のようにそっと俯いた。
レオの為だから、後悔なんてしたくないけど。でも、やっぱり辛い。だから、せめて私を憎んでいる顔は見たくないって言うのは、我儘だろうか。

「……千夜ちゃん!」
「なに、鳴ちゃん……うわっ!?」

目の前が衝撃に揺れた。鳴ちゃんに抱きしめられていると気づいたのは、彼の衣装についた肩の装飾が頬をかすめてくすぐったいからだった。
どうしたの、と触れようか触れまいか悩んだ手が宙を浮いた。抱き返していいのか分からない。

その様子に気づいたのか、ついに鳴ちゃんは泣きながら叫んだ。

「バカ、バカバカ! アンタほんとにバカなんじゃないのっ!?」
「えっ」
「生徒会長にもこの馬鹿どもにも酷いことされたのに、良い子ちゃんしてんじゃないわよぉ! あんた自分のこと大事にしなさすぎっ! 心配を通り越して怒るわよ、アタシは!」
「い、良い子ちゃん? どこが……」

復讐者が良い子ちゃんな訳はない。
そう思って首を傾げたけれど、鳴ちゃんが泣き止まない。どうしよう、困った。助けを求めて凛月を見たけど、彼は普段通り面倒くさそうに息を吐いた。

「この馬鹿どもって……酷いよねぇ、セッちゃん」
「……まぁ今回はちょっと、俺たちが悪かったかもね……」
「いや、私が悪かったんだって。二人の気遣いを無視したから……」

「ウダウダ言うな、この阿呆年長組! 女の子を守りたいからって勝手に他所と『契約』結んだり、挙句の果てに野郎とまとめて監禁するかしら!? 幼馴染助けたいからって、自分の身を賭けてまで戦おうとする!? アンタたち、いちいちやることなすこと重いのよ!」

ものすごい剣幕で怒られ、さすがの泉や凛月もビクッとしている。私なんか鳴ちゃんとゼロ距離で怒られているので、足ガクガクだ。
それでも少し落ち着いたのか、鳴ちゃんは片手で涙をぬぐいながら言葉を続ける。

「重い癖に、ちっともアタシや司ちゃんにも相談しないし。後輩を気遣ってくれるのはありがたいけどねぇ、正直傷つくわよ……頼られないっていうのも。ねぇ、司ちゃん?」
「そうですね。……千夜お姉さま」
「……なに?」
「貴方が、天祥院のお兄様と賭けをしてまで呼び戻そうという、我らのLeaderがどのような方か……私はまだ存じ上げません。ですが、貴方の為に戦う気概くらいは、持ち合わせているつもりです。侮らないで頂きたかった」

そう言った司くんは、少し悲しそうな目でこちらを見ていた。ああ、常日頃から自分が『Knights』の一員であることを認めて欲しいと言っている彼のことを知っていたのに。

何も関わらせないことで守るつもりだった。迷惑をかけないつもりだった。けれどそれは、同じチームの一員にするべきことじゃない。そんな初歩的なことすら、私たち三年生は頭から抜け落としていたのだ。

「ごめん……本当にごめんっ、鳴ちゃん、司くん……」

もう、躊躇うことはなかった。鳴ちゃんの背中を思いっきり抱き返す。数秒ほどそうしていると、今度は司くんに抱きしめられた。お姉さま、と私を呼ぶ声は震えている。ひどいことをした、という罪悪感で胸がいっぱいになりそうだった。

「……ねぇ、千夜が一方的に謝ってると俺らが怒られるからさぁ……。俺たちにも謝る機会、ちょうだいよねぇ……」
「凛月……」
「昼間ちゃんと言わなかったけど……俺すっごい焦ってたんだよ」

もうすっかり日も落ちた為か、凛月の雰囲気はずいぶん凛としていた。眠たげというよりは、静謐な落ち着きに満ちている。その雰囲気の中に、かすかな後悔だけが滲み出ていた。

「王様の次は、千夜が壊されると思ってたんだ。エッちゃんにあんたが絡まれたときは『ついにこの時が来てしまった』と思ってた。でも絶対、そんなことにはなってほしくなくて……焦るばっかりだった。それで、俺が浮足立ってるのを見兼ねた兄者にちょっと注意されたんだよねぇ。

そっから頭に血が上っちゃって、意地でも守ろうとか思っちゃった訳。それがあんたを監禁しようとしたホントの理由。情けないけどね……」

ほんと、ごめん。
そう、簡潔に呟いた凛月だけれど、彼の気持ちは相当に複雑だったのだろうと思う。
偉大な兄の影に蝕まれるのが嫌で、名字も名乗りたがらなかった彼だ。その兄に指摘され、あまつさえ私はその兄を頼ってばかりで。劣等感とか嫉妬心とか、これで生まれないなんて人間はいない。彼のいたって正常な悩みは、誰でもなく私のせいで起きた代物だった。

私が悪かった。素直にそう思ったけれど、絶対に彼は認めないだろう。だから、その気持ちを受けとろう。謝罪は望まれていないなら、せめて。

「ありがとう、凛月。こんなに悩んでくれたのに、思うようにしてあげられなかったのがちょっと、悔やまれるけど」
「……いいよ。俺の言う通りにしてたら、結局何も進まないし、変わらなかったんだからね」

凛月は困ったように笑った。けど、決して嫌な気持ちを感じさせる笑顔ではなかった。
しん、と廊下に静寂が訪れる。
自然と視線が泉に集まった。彼は、らしくなく視線を彷徨わせ、言葉を探している。助け舟を出す様に、鳴ちゃんが茶化すように声をかけた。

「もう『ゆうくん』の件は怒ってないから、そっちは謝んなくていいわよ。止めなかったアタシたちも同罪、そこは全員の責任問題にしたげるから」
「う、うるさい。今日、その話を何回引っ張るつもりなの、このクソオカマ」
「だから、早く『千夜ちゃんに』言いたいことを言いきっちゃいなさいよって話! ああ、アタシたち席を外しましょうか? それがいいわね、そうしてあげるわ」
「はっ!?」
「ふぅん……まぁいいけど。じゃあ、講堂行って席でも取っとくかねぇ」
「瀬名先輩、あまりキツイことは言われませんように」
「ちょ、ちょっと何なの。別にあんたらが居ても当たり障りのないことしか言うつもりなかったけどぉ?」
「泉? 逆に鳴ちゃんたちが居たら当たり障りあるって、なんの話?」

びく、と泉が肩を震わせた。暗い中でも判別できるほど顔が赤い。完全に失言した、という感じの表情だった。

「…………いや。普通に、あんたの意見も聞かずに生徒会長と『契約』してごめんなさいって謝るつもりだったけど?」
「え……そうなの?」
「そうだよ。……本当は千夜が『Trickstar』と革命をしようとしてて、れおくんの為に生徒会長に復讐するつもり、くらいのことは理解してたんだよ、最初っから。俺だってそこまでバカじゃないからねぇ?」
「それは分かってるけど……じゃあ、あの時私を助けに来てくれたのは」
「……あんまり言いたかないけどさ……あの時俺は、会長に呼び出しくらってたの、しかも急にね。……だからたぶん、アイツはあんたを待ち伏せしてて、ちょうど良いタイミングで俺を呼びたかったんだと思うよ」

丁度いいタイミングって……。
英智にキスされそうになった、あのタイミングのこと? 
思い出すだけで顔が熱くなる。そ、そういえば泉と凛月に、あの情けないところを見られていたんだったー!

「うわぁぁん、そのことは記憶から抹消してよぉ……っていうかそれ、鳴ちゃんと司くん、あとレオにも言わないでね!? 恥ずかしすぎて死んじゃう!」
「そんなの無理なんですけどぉ」
「え、まさか言った!?」
「そっちじゃないし……てか、言う訳ないじゃん。中学生じゃあるまいしさぁ……」

はぁ、と泉が呆れたようにため息をつく。大げさだ、と言われているようで恥ずかしくなり、また言い訳のように不満がこぼれる。

「うう……そりゃ泉はモテるだろうし、モデルの仕事でキス写真とか撮るのかもしれないけど……。私みたいな一般人には、大事件だったのよぉぉ……」
「……俺にだって、大事件だったんだけどね」

泉がぽつりと呟いた。
なんで泉にも大事件になるんだろう? 確かに、英智が私に……しようと思うなんて、天地がひっくり返ったレベルの大事件ではあるが。

「なに、その間抜け面。チョ〜面白いんですけど」
「ま、間抜け面って。だって、泉が不思議な事いうから」
「別に、どこも不思議じゃないでしょ」

泉がふ、と息を抜くように笑った。
校舎には二人しかいないから、まるで物語に出る王子様か何かを、切り取って持ってきたような錯覚に陥る。月明りにほの明るく照らされた彼の笑顔は美しかった。

「俺は、あんたのことはそこそこ好きだからねぇ」
「すっ……好き?」
「そ。だから、あんたの大嫌いな皇帝サマがあんなことしてたら、大事件だよねぇ。好きな奴には、出来るだけ穏やかな気持ちでいて欲しいって思うの、普通じゃない?」

あ、……ああ、なんだ。好きって、親愛的な意味か。
レオに言われる好きと、泉に言われる好きでは、全然聞く頻度が違い過ぎてびっくりした。というかおそらく、泉が「好き」だなんて言ってくれたの、初めてなのでは?

……それだけ信頼してくれて、思ってくれるようになったのかな。
だとしたら、すっごく嬉しい。

「泉が好きって言ってくれるなんて、思ってなかったよ。なんか嬉しいなぁ。あの時レオにすら、好きじゃないって繰り返してたのに」
「どうせあんたならそう言うと思ってたよ。相変わらずお気楽な頭してるねぇ」
「ええっ、なんで唐突にdisられたの!?」
「はいはい、さっさと講堂に行くよ〜。朔間さんたちのステージ、延長戦三回目に突入したらしいし、今行けば一回くらいは演目見れるかもねぇ」
「はぁ!? 三回目!?」

本気出しすぎでしょ、どうなってんの『UNDEAD』は! 薫くんか、薫くんが真の力を発揮したのか!? それとも零さんが吸血鬼パワーでも開放したのかっ、わんこなのかアドニス君のお肉のちからか!?

「いこう泉っ! はやくはやく!」
「わかったって……ってちょっと、引っ張るな!」

泉が何か文句言ってるけど、気にしないで手を握って引っ張った。思えば【DDD】の期間、なんだか泉との関係も微妙に距離が開いてて寂しかったんだ、と思い出す。

ここぞとばかりに距離を詰めてるの、自分でもどうかと思うけど。でも、それを許してくれるんだから、泉もきっと同じこと思ってくれてるんじゃないかなぁ。なんて勝手に結論づけ、誰もいない廊下を二人、思いっきり走り抜けた。

「ほんっと……バカだよねぇ。あんたも、俺も」

泉がそう呟いて笑った。彼も本気で走る気になったのか、私の手を強く握って走り出す。当然、彼のほうが速いんだから私が引っ張られる形に。

「……引っ張る、か」

……これからも彼には、こうやって変わらず『Knights』のことも引っ張っていってほしい。それで、許される限りは、私のことも一緒に連れて行ってほしいな。

「なに、なんか言ったぁ?」
「別に、なんにも!」

……こんな青春めいたセリフは、恥ずかしくて言えなかった。