騎士と魔王の板挟み

いやだ……死ぬほど部室に戻りたい……。

「お〜い、凛月! お兄ちゃんが来てやったぞ〜」
「死ね!!!」
「ちょ、ちょっとリッツ……私もいるんですけど、開けてくれない?」
「は? ちょっと千夜、なんでこのゴミ虫もつれてきた訳」
「いや……ついてきた……」

あの後「じゃっ、私Knightsのプロデュースいってくるんで」とコンビニ行くときのノリで退出しようとした結果、零さんのいらない対抗心とブラコンに火をつけてしまったのだった。完。
……と行きたいが、そうもいかないのが現実。

「我輩の愛し子との時間を横から取るとは、騎士の名が泣くぞ」「というか凛月がおるかのう?」とか言い出し、私に引っ付きながらここまでやってきたのだ。あの棺桶に引きこもり気味の零さんが。弟のちからって、すげー!

「ていうか、兄者マジで帰ってくれない? これでも一応、次のドリフェスの準備するつもりだからさ……敵に新曲披露したくないでしょ」
「おお、凛月! 我輩を兄者と呼んでくれたな!」
「率直に言って死ね」
「すでに数十秒前に言ってるんだよね……」

それでもめげずに、Knightsの防音室の前で弟愛を叫ぶ『UNDEAD』のリーダー。うう、考えただけで頭が痛い。夢なら今すぐ醒めてほしい。三百円あげるから。

「ねぇ、何してんの? 千夜さぁ、もう五分すぎてるって知ってた?」
「わっ! い、いずみん!」
「そのあだ名、チョ〜うざぁい」
振り返ると、手に飲料水を持った泉が立っていた。零さんが居るのに多少驚いた顔をしたけれど、中の凛月の荒れた声からすべてを察したらしく、驚き顔は呆れ顔へと変わる。
にしても、前門の死ね、後門のチョ〜うざぁい、はかなり酷い。
「ていうか、朔間さんは何の用? 弟を構うのはご家庭でって感じなんだけど」
「うむ。我ら『UNDEAD』と『2wink』の会合中に千夜を引き抜かれたのでなぁ。ちと騎士様に抗議というところかのう」

えっ? 何言ってるの、この吸血鬼さん??
何で今そんな試すようなこと言うの! じゃないけども、何で今そんな泉を煽るようなこと言うの! くらいは言っていいと思うんだ。
大体我らUNDEADって……大神くん(発言権なし)はあんな状態だし、実質零さんしか居ないようなものだったよね!?

というツッコミが喉元をぐるんぐるんと暴れていたけれど、零さんと泉の間を流れる氷点下の気温に凍り付いてしまって出てこなかった。

「はぁぁ? こいつを誰だと思ってんの。れおくんの幼馴染だし、俺たちと一年間ずっと一緒に居たやつだよ? 優先権は俺たちにあるでしょ、普通に考えて」
「ふむ。しかし肝心の月永くんの不在中は、誰が千夜と近しい存在であったかのう。たしか我輩の軽音部室に、可愛い女の子が居た気がするのじゃが……」
「うちの王様がいない間に、魔物にかっさらわれそうになっただけ。ノーカンだよノーカン」
「ふむ。では王の居ぬ間に魔王が攫ってしまおうぞ? 例えば……専属プロデューサーなど、いかにも眷属っぽくて良いのぅ……♪」
「あんた、ボケでも始まってるんじゃないの……」
「ちょ、ちょっとお二人さーん」

煽る零さんにマジでブチギレる5秒前な泉。討ち死に覚悟で二人の間に割って入る。まったく、口喧嘩のタネに人を使うな……と思ったけれど、二人とも私を思っての発言だ。こちらに責める権限もないだろう。

「まぁまぁその辺にしといてよ。零さんはあんまり油売ってる時間もないでしょ? そろそろ二年生が……」

念のため、Trickstarの名前を出すのは控える。二年生が、と言えば泉には『UNDEAD』の二年生のことと思われるだろう。
零さんもそれを察したようで、「おお、そうじゃったのぅ」と呑気にうなずいた。

「うむ、ではそろそろ退散しようかのう。しかしそうじゃな……日が沈み始める頃あいには返してもらおうぞ? 夜闇こそが我らの領分。昼間は『Knights』に譲るのもよかろう」
「ふうん。まぁ邪魔しないならお好きにどうぞ? ほら、千夜もさっさと中に入った入った! 遅刻分バリバリ働いてもらうからね!」
「ひぇぇ……」
「ひぇぇじゃない!」

泉にどつかれながら、私は防音室へと入室することになりましたとさ。