恩義と恥と憎悪


「いいかい日和くん。しばらく僕は学院には来れない、凪砂くんは当然のように日本に居ない、つむぎは雑用諸々に追われてそれどころではない……故に、雑兵だけの派遣で悪いのだけれど、君に反乱分子の相手を一つ任せたいんだ」
「はぁ?」

至極不快そうな声で、英智の眼前の男は聞き返してきた。

「お断りだね! なんでぼくが英智くんに顎でつかわれなきゃならないんだい、悪い日和……」
「使ってるんじゃなくて懇願しているんだよ。頼むよ日和くん、そんなに苦もない仕事のはずだ」
「お願いするなら、相手は誰か、報酬はいくらかくらいの条件はちゃんと提示するべきだよね? ぼくらは仲良し集団じゃないんだから、きちんと賞与を与えないと、あっという間に空中分解だね!」

楽しそうに笑っている日和だが、言っていることは物騒かつ冷淡な話だった。しかし英智は全く動じた様子も傷ついた振りも見せず、やれやれと言った様子で肩をすくめた。

「まったく、分解させたがっているのは君と凪砂くんだけだよ。まぁ、二枚看板たる君たちがさせたがっているのなら、それがすべてだけれど……」

そういって、英智は一枚の書類を取り出した。長く美しい睫毛が、それを読み上げる為に少しだけ伏せられる。

「【ジャッジメント】への布石……まずは手ごろな【デュエル】形式の対バンを彼らに――『Knights』へ申し込んだ。急場の傭兵を三人と、日和くんの計四人で彼らと戦ってほしい」
「『Knights』……ああ、恨みを買って最近は不人気の? ずいぶん落ち目の連中を狙うんだね? うんうん、君のそのドロドロした精神はいつまで経っても好きになれないね」
「それで結構。僕は君に好かれるのではなく、君に結果を出してもらいたいだけだからね。……で、やってくれるのかい?」
「ぼくが断ったら、凪砂くんを探し出してやらせるだけだよね? だったら、そんな手間をかける前にぼくが受けたほうが時間の節約だね!」
「合理的で助かるよ。じゃあ日和くん、詳細はこちらの資料に……ちょっと?」

英智が差し出した分厚い資料を受け取らず、日和は背を向けて歩き出してしまった。

「それは適当に、僕の取り巻きたちのどれかに渡しておいてほしいね!」

それだけ言って、バタン! と扉はあっけなく閉じられてしまった。
差し出したままの資料を、英智は特に怒った様子もなく机の中の引き出しに仕舞う。その様子を見て、脇でずっと控えていた敬人が苦々しい顔で呟いた。

「どういうつもりだ、英智」
「何がだい?」
「『Knights』は確かに落ち目だ。だが……巴のような警戒心もなければやる気もないやつにアレを宛がうのは自殺行為だろう」
「ふふ、確かに。『Knights』もずいぶん落ち目なのは事実だ、だけど……そうだね、彼を『Knights』の【デュエル】にぶち込むのは、稀有な天才を地雷原に放り込むも同義だ」
「ではなぜだ。放っておけば即刻千夜に手を打たれるぞ」
「打ってもらおうよ」
「は?」

敬人はますます怪訝そうな顔で英智を見た。彼はそんな敬人を見てくすくすと可笑しそうに笑った。

「五奇人との争いは始まったばかりだよね。そんなときに、覚悟のない天才がいても困るだろう? だから……ここらで少し痛い目を見てもらおう」
「どちらにだ」
「もちろん――日和くんに。今までの自分の在り方がマズいと気づけば、もっと革命に身を入れてくれるはずだよ。ついでに女遊びもやめて、スキャンダルをもみ消す費用も減るはず」

英智はずいぶんな顔をしていた。悪戯っ子のようにも、悪魔のようにも見えた。

「度し難い。逃げ帰ってきて、『fine』を抜けると駄々をこねられても知らんぞ」
「大丈夫、凪砂くんがいる限りは、彼はあの子を放り出して逃げないよ。まぁそれに、このライブの主催は『Knights』側だからね。おそらく仕掛けを作るのは千夜だ……僕とは違って、立ち上がれないほどの絶望を施したりはしないよ」
「……ふん。それは確かに、そうだな」

敬人はどこか寂しそうに言った。旧友のことを語るのすら、今の彼にはあまり喜ばしくはないらしい。

英智は逆だ。あの旧い友。憎らしくて/愛しくてたまらない友人。敬人のように心を押し込めて思い出に昇華するよりも、派手に傷つけあっていたい。だってそうじゃないと、自分たちが繋がっていたかどうかすら、分からなくなりそうだ。

「まぁ、少なからず僕の『矯正計画』だけは上手くいくはずだ。だって、人間の脳みそは、恩義と恥と憎悪をなかなか忘れないようにできているんだから……ね」