そうして趣味は降ってくる


委員会なんて、今時ろくに機能していない。だが、図書委員会にはつむぎを始めとして、何人かは仕事をする者が存在していた。今日は幸運なことに、委員が一人働いていた。

DVDコーナーに向かい、借りてみたいものを選別する。
新しい知識が欲しい。いま彼が望んでいたのは、登山だ。だから、その系統の、まるで教本のようなDVDを数本選び、委員に声をかけた。

「ねぇ、君……」
「はい――ヒッ!?」
「……」

すっと筆で線を引いたような眉が、悲しむように少し下がる。だがそんなことは男子生徒は一向に気づかず、凪砂の落とした沈黙におののき、「すみませんっ」と悲鳴のような言い分を零して逃げていった。

バタバタと、音は図書室をあっという間に遠のき、もう音を発するのは凪砂一人になってしまった。

「……悲しい」

『fine』のメンバー。それだけで、凪砂は他人から崇められるし祟られる。もっと無関心な観客の彼らは、まるで腫物のように凪砂を扱うことだって珍しくはなかった。

触らぬ神に祟りなし。

「……どうしよう、このまま持ち出したらいけないかな」

きょろきょろと、支配者はさまよう様に図書室をうろうろする。カウンターで然るべき手順をとれば借りれるのだが、凪砂には分からなかった。ため息とともに、彼はDVDを小脇に抱えて図書室を出た。どうせ誰も凪砂を怒らない。

DVDを観るため、AV室に向かった。廊下を歩いていても、人の影は少しもない。避けられているのだろう、と察しはついた。日和のように取り巻きを使っていれば囲まれるが、愛せない隣人が居たってしょうがない。そうすると、自然、凪砂は一人だ。

「どうしてみんな、もっと自然に愛しあえないんだろう……」

文句のような、泣きごとのような言葉が零れる。
さっさとこんな気持ちは忘れて、新しい知識を得る為に頭を使おう。AV室にたどり着いて、施錠されたカギを、前に覚えたピッキングで解除する。扉に手をかけようとした。

「……? 誰かいるの……?」

扉の中から、僅かに音が漏れ出していた。AV室なんてまともに利用する生徒が、この学院に居たのだろうか。凪砂は思い切って扉を開けた。

「……わぁ」

無邪気な子供のような感嘆が零れる。
大スクリーンが下りていた。そこで流れているのは、いったい何の映画なのだろう。さえない外国人の男が一人、画面で何かしているが……いや、今の問題はそこではないだろう。

椅子に座って、頬杖をつきながらそれを眺めていたのは――黒髪の少年だった。

「うおっ。なんだ、誰だ……」
「あ。君はたしか……千夜?」
「え?」

第一声は不機嫌そうな少年の声だったが、第二声は鈴のなるような少女の声だった。

「――ら、乱凪砂?」
「うん。君とはあまり、お付き合いがないけれど」
「おつきあい? え、ああ……まぁそりゃそうだよね。そっちは『fine』で、こっちは『Knights』の味方だし」
「……いま、あまりユニットの話は聞きたくない」

むすっとした顔をする凪砂に、千夜は困惑したような顔で彼を見た。視線を上から下まで一往復させ、彼の抱えているDVDに視線をやる。

「もしかして、凪砂……くんもDVD見に来たの?」
「そう。あと、くんは要らないよ」
「あ、そう……いや待て待て、流されそうになったけど可笑しいよね。ここ、内側から施錠したはずなんだけど? マスターキーは零さん以外持ってないんじゃ……」
「ピッキングしたんだ」

あっけらかんとした返答に、思わず千夜は笑ってしまった。

「あはは! 『fine』の二枚看板も悪い子だね!」
「だから、その話はしたくないよ」
「はいはい、もう話さないって。で……DVD見るなら、大スクリーンだと邪魔になるよね? 待ってね、今これ消すから……」

ぽんと凪砂の肩を叩き、千夜は機材の方に向かって歩いたが。

「待って!」

突然凪砂が叫んだので、何事かと思って振り返る。すると、がしっ! と両肩を掴まれたので一瞬身をこわばらせたが。

「ねぇ、あれを見て! 恐竜の骨が動いているよ!」
「!?」
「あれはいったいなんて動物? ねぇ、もしかしてあれはミイラというやつじゃないかな? だってほら、あれはアヌビス神の像だ」

いきなり凪砂の方に体を寄せられ、あれを見てとスクリーンを指される。彼はとても目を輝かせて、スクリーンに映る光景に見入っていた。……どうも、千夜の想像していた『乱凪砂』とはだいぶ齟齬がある光景だった。

が……なるほど、こちらの方が付き合いやすそうだ。

「あれはオマキザル。名前は確か、デクスターじゃなかったかな?」
「デクスター」
「で、あっちはミイラじゃなくて、アクメンラー。この映画では、魔法の石板の力で、夜になると展示物が命を得て動き出すっていう設定があって……彼はその石板の持ち主。他にも、ティラノサウルスのレクシーとか、フン族のアッティラとか……ふふ、凪砂、すごい楽しそうに見てるね」

質問したのは凪砂なのに、千夜の解説もそこそこに、彼は画面の世界に夢中になっている。千夜の笑い声が聞こえたのか、凪砂はぱっと彼女の方をのぞき込んだ。

「私……知らないものが好きなんだ。ううん、知らないものを吸収していくのが好きというべきかな」
「あー……なら、博物館が舞台の映画は大好きかな?」
「……いままで、娯楽としての映像にはあまり興味がなかったけど。でも、これはすごく……」
「…………一緒に見たい?」

思わず、千夜は聞いてしまった。
本来なら敵同士の二人が、こんなところで映画鑑賞なんてお笑い種だ。だが、こうまで無邪気に喜ばれてしまっては、何だか「画面を消す」とも「もう帰る」とも言えなくて。

案の定、凪砂はとっても驚いた顔をして千夜を見た。

「……え?」
「あ、いやごめん。なんでも……」
「いいの……? 私のこと、嫌いじゃないの?」
「ええ?」

どうしていきなり凪砂への印象の話になるのか。千夜はびっくりしたが、すぐに笑ってソファに座りなおした。……人が一人座れるくらいのスペースを開けて。

「凪砂のこと、ろくに知らないから。ついさっきまでの私は、好きでも嫌いでもなかったよ?」
「……今は?」
「想像以上に面白いところがあるなぁ、って思った。……一緒に見よっか、凪砂」

ぽんぽん、とソファの横を叩く。

「ありがとう、千夜」
「いえいえ」
「すごく嬉しいよ。……こういう古いものの映画、日和は見ないから」
「あはは……しょうがないね。新しいもの好きには、考古学関連の博物館の話とか、苦痛だろうし」
「考古学……」

凪砂が、何か面白いものを見つけたかのように、吐息交じりに呟く。その眼差しが、やや暗いAV室の中、宝石のようにきらきらと美しい光をたたえていた。