午後三時の嘘


取り巻きに今朝、ある程度の情報を説明させた。

【デュエル】開催は午後三時から。場所は講堂。メンバーは……誰であったか、日和には覚えがない。つまりはその程度のアイドル。【デュエル】のルールは一応頭に入れた。用は『王』たるアイドルが最後にステージに立っていればいい。日和はもちろん『王』だ。

落ち目の『Knights』相手に、わざわざ日和が出るまでもない。せいぜい傭兵の名も知らぬ仲間に、『Knights』の連中を削るだけ削らせ、最後に日和が出て全員殺せばいい話だ。

どうだ、こんなに簡単な話だ。

簡単なはずなのに……

「なんなんだい、これは。なんで既に君たちは消耗してるのか、理解が追い付かないね?」

いざ、取り巻きの言う通りに来てみれば。

なんのことはない、名も知らぬ『仲間』は、既に息も絶え絶えといった様子でステージに立っていた。……三人全員。対して向こうは、オレンジ頭と銀髪の二人だけ。少々息は乱れて汗も浮かんでいるが、『それだけ』だ。日和の手駒ほど死に体ではない。

「巴先輩……、はっ、はぁ……だって、も……ステージ、始まって……」
「はぁ!?」
「ずっと、俺ら、踊りっ、はぁ、ぱなしで……」

日和の苛立ちと殺意に満ちた声に、疲労だか恐怖だか判別がつかない声の震えで答えた男。尋常じゃない汗の量、かすれた声。とてもじゃないが、ステージ上に立つアイドルの見せる姿じゃない。

「踊りっぱなし? 意味が分からないよ、だって今から始まるんじゃ」
「おお、やっと来たのかぁ支配階級! このままだと嬲り殺しちゃいそうで焦ってたとこだぞ〜?」

オレンジ頭の……ああ、名前を思い出した。月永だ。月永レオだ。彼が日和に向かって、挑発的な笑みと共に声をかけてきた。隣にいた銀髪……瀬名泉は、彼を窘めるのかと思いきや、同じように鼻で笑いながらこちらを余裕の表情で眺めていた。

「重役出勤のあんたが来る前に全員蹴り落してもよかったんだけどねぇ。ちゃんと残してあげたこと、一生恩に着てよねえ」
「何……? 重役出勤? ちゃんと時間通りに来てやったことを感謝してほしいくらいだよね?」
「はは、何言ってんだ〜? 【デュエル】開始は午後一時から! お手紙は一週間前に贈っただろ、食べちゃったのか?」
「なっ――」

レオのヘラヘラとした笑いに、日和は一瞬怒りでかぁっと顔を赤く染めた。馬鹿にされているのは明確だ。しかも、……午後一時からだって?

「あの取り巻き、時間を間違えてぼくに伝えたね!? あああもう、顔面の皮を剥ぎ取ってやりたいレベルの失態だね!」
「間違えて……へぇ、本当に支配階級は能天気で幸せなもんだねぇ」
「……どういう意味だい?」
「わざと、とは思わないんだねって話だぞ! わはははは☆」

レオの笑い声が、日和の耳に思いっきり刺さった。
『わざと』だって?

では、あの取り巻きは……、あのおとなしそうな顔の少年は、スパイか何かだったのか? 

日和は自分に予定を伝えてきた取り巻きの顔を思い出そうと必死に頭を回転させるが、『Knights』は待ってはくれない。

「っていうか、お喋りはここまで! さぁて、どうする? 『王』のあんたが出てくれば、こっちの『王』のれおくんも居るし、この回で終了。引っ込んだとしても、この半死状態のこいつらだけで俺らを倒そうなんてばかなこと、思っちゃいないよねぇ?」
「くっ……この、没落者の分際でっ……!」
「あんたにそっくりそのままお返しするけどぉ〜? じゃ、俺らの一手を見せたげるよぉ。――来て、くまくん、なるくん」

泉がそう言うと、袖の方からまた二騎、新しい駒が現れる。

「ふぁぁ……こんな真昼間に踊るの、めんど……」
「うふふ、そういわず頑張りましょ!」

黒髪の眠たげな男と、茶髪眼鏡とどこかの教師を彷彿とさせる見た目をした割に、妙に女っぽい言動の男。ルールから考えて、――彼らはまだ一度もこの場に出ていない、体力のある連中。

対してこちらは、まだ一度も出ていない日和と、死に体の実力も信頼もない男が三人だけ。

間違いない――詰みだ。
救いを求めるように、日和は思わず袖の方を見た。凪砂が来るはずもないのに、一瞬見てしまう。

「――!」

しかしそこに居たのは、凪砂ではなく。
あの取り巻きと同じ服を着た――千夜の姿。

「っ、これはやられたね……! とんでもない悪女だねっ、君は……!」

ステージに居るのも構わず、日和は彼女に向かって叫んだ。千夜は何も言わず、にっこりと笑うだけだった。