19





「そこまでだ。」



大佐が言った言葉は目の前で這いつくばっている男に対してだろうか。それとも私に対してだろうか。

その登場に、少しだけ力を抜いてしまった。その隙に男は私を力尽くで振り払い、鉄パイプを粉砕した。とっさに後ろに飛んで彼の右手を避ける。ザザザ、と地面をこすれた膝は泥で汚れた。しまった、しくじった。

待ってましたと言わんばかりにアームストロング少佐が男に攻撃を仕掛ける。彼は多少暑苦しいが実力は確かだ。しかし、結局男は、地下水道に逃げ込むために地面を破壊した。イシュヴァール人の証、赤い目を晒して、私達を一睨みした後に穴へ飛び込んだ。

ちい、舌打ちをして穴に飛び込もうとする私の左手を誰かが掴んだ。エドワードの、左手だった。



「…エドワード・エルリック。その手を離しなさい。」

「瞳孔開きっぱなしだぞ。落ち着けよ。今の状態で追ったところで、」

「あなたには関係ありません。…離しなさい!」

「離さねえ!」

「離せ!!お前には関係無い!!!」

「ッ、今のお前のその拳は、一体誰のためのもんだ!」

「…っ!」



それは、怒りに任せてタッカーを殴り続けた少年に言った言葉だ。誰が言った?私だ。誰に言った?エドワードに、だ。

強く強く輝くその金の瞳に、私は頭の血が下がっていくのを感じた。そして沸き上がるのは、無力感。私は、ニーナを殺したあの男が、憎い。それなのに、それなのに。

犯罪者は然るべき場所で然るべき罰を。そうタッカーに言ったのは私自身じゃないか。私刑にしたところでこの気持ちが晴れるわけでも、ニーナが戻って来るわけでもないのに。



「…んな顔すんじゃねぇよ…、お前がそんなになっても、ニーナはもう、」

「…わかって、ます、わかってる…ッ、」



急激にだらりと力が抜けた私の左手は僅かに震えていた。エドワードはその左手で、私の左手をぎゅう、と握り締める。

「大丈夫ですよ、私はもう大丈夫ですよ。」繰り返し言う私に、彼は何も言わない。何も言わないのに、彼の左手は落ち着け、大丈夫だ、と伝えているように感じる。

あんなに怖かったはずの金の瞳は、今では何の畏怖の念も抱かない。ただただ、手の温もりに安堵した。温かい。生きている。彼は、生きている。



「エドワード、さん、」

「…おう。」

「…生きて、生きて下さい。ニーナの分まで、生きて。」



エドワードが男に殺されそうになったとき、抱いた感情の正体は。また目の前の誰かを救えないという恐怖と無力感だったんだ。そして、生きようとしなかった彼への怒りも、きっと少しあったのだ。



「自ら進んで死のうとなんて、しないで。あなたには、待っている人がいるのだから。」



右手でエドワードの頬をピシャリと叩いた。驚くくらい力の無いそれに、エドワードは眉を寄せて小さく笑った。



「お前も、生きるんだよ、エル。」



今日の雨は何かがおかしい。俯いた顔に当たる雨粒が何故かとても温かいのだ。