イシュヴァールの民は、イシュヴァラを絶対唯一の創造神とする東部の一部族だった。
宗教的価値観の違いから国側とはしばしば衝突を繰り返していた。が、13年前、軍将校があやまってイシュヴァールの子供を射殺してしまった事件を機に大規模な内乱へと爆発した。暴動は暴動を呼び、いつしか内乱の火は東部全域へと広がった。
7年にも及ぶ攻防の末、軍上層部から下された作戦は、国家錬金術師を投入してのイシュヴァール殲滅戦。戦場での実用性をためす意味合いもあったのだろう。多くの術師が人間兵器として繰り出された。
「私もその1人だ。」
マスタング大佐が目を閉じたままで言う。「イシュヴァールの生き残りである傷の男の復讐心には正当性がある」、と。それをエドワードが「くだらねえ」と一蹴した。傷の男の復讐心。納得はいく。
しかしきっと彼は復讐心に駆られて、気付いていないのだ。誰かが憎しみや悲しみの連鎖を断ち切らないと、それには終わりが来ないことを。どこか複雑な気持ちで会話を聞く。
自分で悲しみや憎しみや復讐心を断ち切る勇気は私にはまだ無い。彼に対して私が抱く感情は、きっと彼とそんなに変わらない。彼のように直接手を下すかどうかは、別として。それでも彼は戦場に関係のない人間まで殺しているのだから彼の主張に正当性が100%あるとは言い切れない。無差別殺人犯とそう変わらないのだ。崇高が聞いて呆れる。
「だがな、錬金術を忌み嫌う者がその錬金術を使って復讐しようってんだ。なりふりかまわん人間ってのは一番厄介で、怖えぞ。」
「なりふりかまってられないのはこちらも同じだ。次に会った時は問答無用で潰す。」
大佐の目が鋭く細められ、周りの軍人達はそれに答えるように真摯な瞳で彼を見る。彼について行くと決めた私達はそれに応えるのみ、だ。
エドワードとアルフォンスは俯いて、大佐と目を合わせない。彼らはそれでもいいと思う。彼らと私達は違うのだから。覚悟や、目指すものが違うのだ。少し重くなった空気を振り払うかのようにマースさんが膝を鳴らせて話を変えた。
「さて!辛気臭ぇ話は話はこれで終わりだ。エル、コーヒーおかわり!」
「かしこまりました。」
カチャカチャとカップを銀のトレーに乗せていく。アルフォンスの前に置いてあるコーヒーは量が減らないまま冷め切っていた。アルフォンスを見ると、「ごめんなさい」、と言葉を漏らした。なぜ、謝罪。
「新しいの持って来ます」と声を掛けると彼は焦ったように私を制止した。「僕喉渇いてないから大丈夫です」と、もげていない左手を左右に振った。
私はそれに眉を僅かに寄せる。彼の言わんとしていることはなんとなくわかる。それが私には不服なのだ。
「1人だけカップがないと私が気になるんですよ。」
「でも、」
「気分だけでもコーヒー飲んだ気になればいいじゃないですか。アルフォンスさんがいらないって言っても私人数分用意しますからね。」
アルフォンスはもじもじと視線をさまよわせて、俯いた。「じゃあ、いただきます。」と、小さな声で言って。エドワードが隣でアルフォンスに微笑んだ。なんの微笑みだ。
新しい湯気の立つコーヒーカップをアルフォンスの前に置くと、彼は「いただきます」、と少しだけ嬉しそうな照れたような声音で言った。うん、それでいい。子供は素直に好意に甘えればいいのだよ、アルフォンス・エルリック。
鎧の頭をぽんぽんと触ると、彼は今度こそ素直に嬉しい気持ちを全面に押し出した声で笑った。