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コンコン、と列車の窓がノックされる。立っていたのはマース・ヒューズ中佐だ。彼は人の良さそうな笑顔でこちらを見ていた。
窓を開けると、東方司令部の面々は忙しくて見送りに来られない旨を伝えられる。そこには当然東方司令部所属である彼女の姿も無い。今頃俺達の護衛の為に恨みがましい面で仕事をこなしているのであろう。



「ロイから伝言だ。"事後処理が面倒だから私の管轄内では死ぬな"、以上!」

「"了解、絶対てめえより先に死にませんクソ大佐"って伝えといて。」


苦々しい気持ちで言い放ち、ヒューズ中佐が苦笑する。お互い憎まれ口が減らないものだ。ヒューズ中佐がもう1つ思い出した、と言わんばかりに再度俺に向き直る。


「おっと、エルからも伝言だ。」

「あいつからも?」

「"大人しくしていてください"、以上だ。」

「うぐっ、…"善処する"って伝えといて…。」


ヒューズ中佐は今度こそ楽しそうに笑い声を上げた。「お前ら長生きするぜ」と一言付け加えて。


「エド、道中気を付けてな。中央に寄ることがあったら声かけろや。」



それまでゆっくりだった人波が、音に急かされ慌ただしくなる。俺とアームストロング少佐がヒューズ中佐に敬礼した。ホームからだんだん離れていく列車。ヒューズ中佐も小さくなっていく。


「そういやアルはちゃんと乗せたんだろうな?」

「無論。1人では寂しかろうと思ってな。」


家畜車両に乗せたというアームストロング少佐に怒りの声を上げるも、彼は何が悪いのか分からない、と言った風に長い下まつげに囲まれたその目をパチパチと瞬きさせた。

*****

「ドクターマルコー?!ドクターマルコーではありませんか!中央のアレックス・ルイ・アームストロングであります!」



ドクターマルコーに出会ったのは、本当に偶然だったのだと思う。アームストロング少佐が列車の窓から声を掛けた初老の男性は、彼の顔を見た瞬間何かに怯えるように走り去ってしまった。
疑問符を出す俺にアームストロング少佐が与えた情報は、ドクターマルコーという男性が中央でもやり手の錬金術師だったということ。錬金術を医療に転換する研究をしていたが東部の内乱の後、行方知れずになっていたらしい。

はっと思い至り、列車から降りようと促す。ドクターマルコー、彼なら生体錬成について何か知っているかもしれない、そんな希望を抱いて。



「こういった御仁をご存知ありませんかな?」

「少佐…絵、うまいね…。」

「アームストロング家に代々伝わる似顔絵術である!」

「こりゃあマウロ先生だなあ。」

「マウロ?」



アームストロング家に代々伝わると言う技術を駆使した似顔絵を街の人々に見せて歩くと、情報はすぐに集まっていった。今はマウロという名で町医者のようなことをしているらしい。
パッと光ったら治っていたという話から、錬金術を使っているのだろうと予想がつく。そして、街の人々がどれだけ彼を信頼し、感謝しているのかも。



「ここだな。」



ドクターマルコーの家はすぐに見つかった。白い壁に蔦の生えた家。アルフォンスを担いだアームストロング少佐の後ろに携え様子を見る。

扉を開け「こんにちは」と声をかけるも、眼前には銃を構えて発砲するマルコーさんがいた。酷く怯えているような混乱しているような口振りで「自分を連れ戻しに来たのか!」と震える手で、それでも構える銃を下ろしてはくれない。アームストロング少佐が落ち着くように諭すも、マルコーさんはどんどん1人で話を飛躍させ聞く耳持たない。アームストロング少佐が小さく息を吐いた。そして、構えた。

…アルフォンス、を。



「落ち着いて下さいと言っておるのです!」

「アルー!!?」



漸く落ち着いたマルコーさんに招き入れられ、テーブルに着いた。「偽名を使ってまでなぜこんな田舎に…」問い掛けるアームストロング少佐に答えるようにマルコーさんが語り出す。



「私は耐えられなかった…上からの命令とは言え、あんなものの研究に手を染めてしまった…!」

「あんなもの…?」

「イシュヴァールの内乱ではあれのせいで罪もない多くの人の命が…っ!あんな…何も知らない小さな女の子まで…っ、私のしたことはこの命をもっても償いきれるものではない…。それでも、出来る限りの事を、と、ここで医者を…。」



余りにも悲哀に満ちた彼の告白に全員が息を飲む。小さな女の子、その単語が少しだけ引っ掛かるものの、それは一体何の研究だったのか、訊ねたのはアームストロング少佐だった。



「賢者の、石だ。」



心臓が一つ大きく拍動する。ハッ、と息を飲む。

研究資料と石そのものを持ち出したと言うマルコーさん。石があるのか?ここに?!驚きのあまりテーブルを叩いて身を乗り出す。マルコーさんは俯きながらも意を決して胸ポケットから一本の小さな瓶を取り出した。中に入っていたのは、赤い液体。
それはまるで血のようにも見えた。



「石って…それ、液体じゃ…?」



驚く俺達の前でマルコーさんは瓶を逆さまにして液体をテーブルに零す。しかし、石はジェルのようにぷるんと形状を作り、その場に残された。再び息を飲む。



「哲学者の石。天上の石。大エリクシル。赤きティンクトゥラ。第五実体。」



賢者の石にはいくつも名前があるように、定まった形状はないという。触感を確かめる。ぷよぷよしているような…。今までに触った事の無い感触に自然と感嘆の息が漏れた。アームストロング少佐は興味深げに観察している。



「だがこれは不完全品だ。いつ限界が来て、使用不能になるかわからん。」

「…それでも、イシュヴァールの内乱では十分威力を発揮した。」

「…え?」

「リオールのエセ教主もそうだ。不完全品とはいえ、奴の能力は確実に底上げされていた。」



それだけの物が創り出せるという事は、研究次第では完成品も夢じゃない。そう言って俺は口角を上げた。

研究資料を見せてくれとテーブルを叩く俺に、マルコーさんが驚いたようにアームストロング少佐に問う。「この子は一体?」と。
彼は国家錬金術師だ、と少佐が告げる。マルコーさんは驚いたように俺を見、眉間を押さえた。



「あの内乱の後、人間兵器であることに耐えられず資格を返上した術師が何人いたことか…、…なのに、君は…!」

「馬鹿な真似だってことはわかってる!…それでも、目的を果たすまでは針の筵だろうが座り続けなきゃいけないんだ!」



マルコーさんは俺の強い意志を感じ取ったのか、俺達の事情に耳を傾けてくれた。箱詰めのアルフォンスを見下ろし、「禁忌を犯したか…」と半ば呆然、といった風に呟く。特定人物の魂の錬成をなし得たことに驚いたようだった。



「君なら、完全な賢者の石を創り出すことが出来るかも知れん。」

「…っ、じゃあ!」

「資料を見せることは出来ん。」



「そんな!」と声を上げると、マルコーさんは険しい顔で求めるべきではない、と断言した。「身体を取り戻す為でもダメなのか」、そう問うてもマルコーさんは頑なだ。一際強い声で「ダメだ!」と一蹴され、俺は歯噛みする。



「あれは悪魔の研究だ!知れば地獄を見ることになる!」

「っ、地獄ならとうに見た!!」



思わず立ち上がり咆哮するが、マルコーさんは俺達に「帰ってくれ」と吐き出すのみだった。その態度は決して軟化しないと察し、後ろ髪を引かれる思いでマルコーさん宅を後にすることにした。

不完全品とはいえ、無理矢理石だけ奪うことも出来たかもしれない。正直喉から手が出る程欲しいとは思う。
しかし、思い出すのはマウロ先生、と呼んで彼を賞賛していた街の人々。その人達の大切な支えを奪ってまで元の体に戻りたいわけじゃない。それはアルフォンスも同じ意見だった。

賢者の石が創れると分かっただけでも収穫だ。そう前向きに捉えることにする。また別の方法を探せばいい。



「少佐は良かったのかよ?マルコーさんのこと中央に報告しなくてさ。」

「我輩が今日会ったのはマウロというただの町医者だ。」

「君!」

「…マルコーさん。」

「資料を隠してある場所だ。真実を知っても後悔しないと言うなら、これを見なさい。君ならば、真実の奥の更なる真実に…、」



「いや、これは余計だな。」そう言いながら小さく笑い、マルコーさんは背を向ける。俺達が元の身体に戻れる日が来るように、と付け足したその背中に、俺は深く頭を下げた。

出発した電車の中で広げた白いメモ紙には国立中央図書館第一分館、と書いてあった。木を隠すには森と言う。元の身体に戻る為の大きな一歩に、口元が自然と緩んだ。元に戻れた暁には、きっとマルコーさんにお礼を言いに行こうと心に決めて。