そこはのどかな村だった。
見渡す限り広大な大地には小麦の穂がさわさわと揺れている。所々にいる羊は気持ちよさ気に草をはんでいた。東部の内乱で何も無くなった、と言われているがきっと都会にはないものがここにはいっぱいあるのだろう。
東の小さな村、リゼンブール。
ここは、エルリック兄弟が生まれ育った村だ。どこか懐かしい匂いのするここは、ただただゆるやかに時間が流れている。確かに息抜きにはピッタリだったな、とリザさんに少し感謝した。
汽車から降りて駅舎の男性に会釈をするとニコッと笑って帽子を少し上げた。アームストロング少佐には昨日連絡を入れておいたので迎えに来てくれるはずだ。本当に仕事を終わらせてからエルリック兄弟の護衛に向かうことになった私は、徹夜で全てを終わらせた。気合いだ。小さくあくびを噛み締める。
「エル!」
「エドワードさん、こんにちは。少佐は?」
「俺が外に出る用があったから代わりに来た。」
「ああ、そうなんですか。」
「軍服じゃないから誰かわかんなかった。」
「まあ、流石に目立ちますからね。」
シャツにパンツと薄手のトレンチコートで、普段着ている青い軍服の色合いとは確かに違う。いつもは括っている髪の毛を下ろしていて、風にそよぐ様が珍しいのか、彼はキョロキョロと視線をさまよわせた。
ひょこひょこと歩くエドワードの足がいつもの機械鎧ではないことに気付く。足の機械鎧も微調整をするのだそうだ。スペアの足にまだ慣れていないのかいつものような軽やかな足取りではない。
エドワードを守るように佇む黒い犬は左前足が機械鎧だった。しゃがみ込んで頭を撫でてやると気持ちよさ気に目を瞑った。エドワードがこいつデンって言うんだ、と笑う。
エドワードの左手には小さな花束があった。私の視線に気付いたのか、お前も来いよ、と言うエドワードに、私は小さく肯いて立ち上がった。
彼の歩幅に合わせて、ゆっくりと歩いた。行く道で何人もの人に声を掛けられる。エドワード、エドワード、懐かしいな、元気なのか。皆が口を揃えてそう言うので彼は少し照れ臭そうに言葉を返した。小さな村だから周りとの親交も深かったのだろう。
微笑ましい光景に、一歩足を引く。彼は随分とリゼンブールに帰って来ていなかったようだ。たまには緩やかな時間を過ごせばいい。元来、彼の年齢ならば未だ故郷にいて然るべきなのだから。
「で?あの別嬪さんはエドのコレか?」
「んなわけあるか!あいつはその…知り合いだ!」
1人の男性がニヤニヤと笑いながら小指を立てて言うと、エドワードは顔を赤くしながら否定した。あまりの剣幕にきょとんと目を丸める男性にエドワードは居心地悪そうに眉を寄せる。
いや、知り合いと断言するのもどうなんだろうか。軍人に護衛されているなんて知られたくないのもわかるけれど。呆れたような視線をエドワードの背中に送ると、彼はうっと言葉に詰まった。「じゃあな!」と声を上げ、そそくさと足を進める彼に男性は腹を抱えて笑った。一度頭を下げて私は彼を追った。デンもエドワードに駆け寄る。
「なんだよ」、と小さく言う彼。「別に」、と私が言う。
エドワードは「あー」とか、「うー」とか唸りながら頭をがしがしとかきむしった。若干耳が赤いのは気のせいじゃない。もしかして照れているのか。先程のやり取りで照れるなんて、いくらなんでもうぶ過ぎやしないか。
ずんずんと進んでいく彼は不機嫌そうな空気を出している。ぐっと掴まれた花束を見て、「しおれちゃいますよ」と声を掛けるとエドワードはバッと振り返り、私に指をびしっと差す。人に指を差してはいけませんと習わなかったのか。
「おおお前も否定しろよな!」
「あんな否定の仕方したらあの類の方々は逆に面白がるでしょうに。」
「うるっせ!」
「…非常に理不尽なんですが。」