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「エル!」

「こんにちは、ロゼ。」



弾けるような笑顔で走り寄って来たのはこの街に住む少女、ロゼだ。右手を上げることでそれに応えると、私の向かいの席へ腰を下ろし店員へ飲み物を注文する。

私がこの街へ来て最初に接触したこの少女は、昨年恋人を事故で失ってからというもの、教主の教えに心酔しているようだ。カルト宗教の教主に付け入られているだけだと、俯瞰して見ればすぐに分かるようなものの、そんな私の想いにも気付かずこの街のことやレト教のことを懇切丁寧に教えてくれるロゼはいい情報源となっている。



「そういえば今日変わった兄弟がいてね、レト教に興味を持ってくれたみたいで後でレト教の教会を案内する予定なの。良かったらエルも一緒にどうかしら?」

「せっかくの申し出だけど遠慮しておくよ。私は所詮流れ者の旅人なんでね。その兄弟が入信してくれるといいね。」

「もうっ、教主様はそんな事気にしないって何度も言ってるのに頑なね!」



生憎と無神論者であるし、あくまでこの街へは潜入調査へ来ているだけなので毎回適当にお茶を濁すが、ロゼは元々人がいいのかそれ以上無理強いする事は無い。
レト教が政府への脅威となり得るのであれば強制解体も有り得るが、そうなった時、この少女の縋る先が無くなる事についてはほんの少しだけ思わない所がないでもない。しかし、私は結局すぐにいなくなる他人だ。この少女の未来がどうなろうが、責任は負えない。

そんな私の気持ちなど露知らず、ロゼはこれから会う予定だと言う兄弟にレト教の素晴らしさをどう伝えようかとニコニコ笑う。



「私、教主様やレト教に出会えて本当に救われたのよ。もし貴女も失ったものがあるのであれば、レト教はいつでもその門戸を広げて待っているからそのつもりでいてね。」

「(…愚かだな。)」

「そういえばエルはいつもフードを被っているけど、暑くないのかしら?」

「ああ…、大丈夫。日焼けすると皮膚が荒れてしまうので隠してるんだ。」

「まあ!そうなの?それなら尚更レト教に入ればその体質も良くなるかもしれないわ!祈り信じよ、されば救われん。」

「…ロゼ、そろそろその兄弟との待ち合わせの時間なのでは?」

「ああ、そうね!そろそろ行かないと!じゃあエル、次の街へ発つまでに考えておいて頂戴ね。」



ロゼの後ろ姿を見送り、小さく息を吐いた。宗教論者というのは皆こうなのだろうか。あと数日で捜査も終わるとはいえ、無駄に体力を削られたようで私はもう一度息を吐いてアイスティーを飲み干すのだった。

*****

『賢者の石とバカ信者共を使ってなァ!』



街中に響き渡るコーネロと少年の声に住民達がザワついている。只事では無い。このまま混乱が最高潮に達すれば市民からレト教への大規模な暴動に繋がる可能性が高い。潜入調査は情報集めだけで終わるはずだったのに全く余計な事をしてくれたものだ。
どこの誰かも分からない少年に恨みがましい気持ちを抱きながら、混乱している住民達を掻き分けレト教の教会へ走る。



『ま、まさかァ!貴様!!』



教会に押し入ると、レト教のシンボルである巨大なレト像が目に入る。破壊音が徐々にこちらへ向かってくるのが分かり、柱の影に身を潜めた。何があった?何が起きている?
その内に巨大な体躯となったコーネロが少年を襲わんと飛び込んできた。助けに入ろうとするが少年はコーネロの攻撃をいなしているようだ。
ここで正体がバレるのはまずい。少年が持ち堪えているのならばギリギリまで加勢には入れない。



「私の言葉は神の言葉、この拳は、神の拳!」

「何が、神の拳だ!」



コーネロの目が赤く怪しく光り、大きな拳を少年に振るう。流石にこのままではまずいか、と思い、少年がコーネロの拳をいなしたタイミングで両手を合わせ柱からコーネロの動きを止める為の支柱を垂直に錬成する。少年が小さく目を見開いたがこちらの姿はまだ見えていないようだ。驚いた一瞬をすぐに立て直し、少年も祈るように手を合わせた。



「そんなに好きならくれてやる!!」



レト像から錬成された巨大な拳に押し潰され、コーネロは元の姿に戻った。コーネロが持っていた賢者の石は砕け散り、少年が何かギャアギャアと喚いているが、私は混乱していた。
完全な物質である賢者の石が、壊れる…?偽物か…。少年の錬成も気になるところではあるが、今は彼らに姿を見られないようここから脱出するのが先決だと思い、コーネロが開けた巨大な穴から外へ飛び出した。

*****

飛び出し、騒ぎが落ち着くまで待った後に教会の前へ足を進めると、そこには座り込んだロゼがいた。夕日に照らされ俯く彼女の細い肩はワナワナと震えている。
足音で私の存在を認め、目を見開いた後にロゼは苦々しげに眉を寄せ、唇を噛み締めた。



「エル、貴女、わかっていたの…?」

「ロゼ、これからこの街は酷い混乱状態になるでしょう。恐らく軍が介入して事を鎮めるとは思いますが、貴女も巻き込まれる可能性はある。逃げるなら今しかない。」

「ねえ、エル、教主様が偽物だって、失った物が戻ってくるわけないって、貴女わかっていたの…?」

「…。」

「私の話を聞いてどう思ったの?馬鹿にしていたの?貴女は…貴女は!」

「何を言ったら満足ですか?」

「…ッ、」

「愚かだなとは思いましたよ。失った物が祈っただけで戻って来たら、誰も苦労なんてしない。そんなちょっと考えただけで分かるような甘言に惑わされること自体ナンセンスだ。」

「貴女は大事な物を失った事は無いの?!あればそんな、そんな酷いこと…!」

「ロゼ、前に進むしかないんですよ。何を失っても、何を得ても、それしか無い。」

「…さっき、…さっき、あの子達にも言われたわ…立って歩け、前に進めって…。」

「やる事が分かっているのに、何故そこで座り込んでるんですか。前を向きなさい。貴女には貴女の護るべきものがあるでしょう。」

「エル…貴女は…貴女は本当にただの旅人なの?一体何者なの?」



フードを脱ぎ捨て、ロゼに背を向けた。



「何かを失った事すら覚えていない、ただの軍人ですよ。」