『今日から君はエル・マスタングだ。』
それは、私が持っている記憶の中でも古いものだ。
東部の内乱で混乱している中、私は彼に拾われた。その状況は奇跡的と言っても良かったかもしれない。そのまま捨て置かれていれば幾らも掛からず私は死んでいただろう。
拾ったはいいものの、記憶も身寄りもない私を、国家錬金術師になったばかりの彼が育てることに、周りは当然の如く反対した。そんな私と彼を支援してくれたのがマースさんとリザさんだったのだと後で聞いた。私に名前を、住む場所を与えてくれた彼らに恩返しをしたいと士官学校に入り軍人になることを決めたのは誰でもない、私の意志だ。
決して足手まといにはなりません。私を貴方の部下にしてください、ロイさん…いえ、マスタング少佐。
そう言い切った私に、ロイ・マスタング少佐は困ったように微笑んだ。
「記憶が、無いって、」
「そのままです。私には数年分の記憶しかありません。」
「エルは大佐の遠い親戚なんじゃ、」
「あれは、大佐の嘘です。何であんな嘘を吐いたのかは知りませんけど。本当は内乱中に拾われた孤児ですよ。毛色だって肌の色だって全然違うでしょう。」
「…その、悪かった。無神経だった。」
愕然とした表情から申し訳なさそうな表情に移り変わる様を見て、触れて悪かった、とでも言いたげな声音に、自分が目の前の少年に同情されているのだと、わかった。ゆっくりと湧き上がる負の感情を抑えることが出来ない。
私が記憶が無いことをいつ悲観しただろう。いつ私が今までの生活に人生に憐れまれる要素があるだなんて言っただろう。同情してくれだなんて言わなかったはずだ。
記憶が無いから?身寄りが無いから?私が普通の人と違うから?だから悪かった、なんて言うのか。私が可哀想だとでも思って同情するのか。なんておこがましい。なんて傲慢だ。
謝るくらいなら関わらなければ良かったのだ。私の過去なんて聞かずに自分だけ前を向いて歩いていれば良かったのだ。同情されることはあっても決して分かり合う事なんて出来やしない。だから今まで誰とも深く関わらないようにしてきたのに。
「同情してくれなんて言ってないですよ。勝手に同情して憐れむなんていいご身分ですね。」
「何だよその言い方!俺はただ!」
「あなたはその身体、そうなるまでの経緯を知った人間に同情してもらいたいんですか。それとも、私が貴方達と同じ境遇であれば犯した罪が許されるとでも?」
眉一つ動かさず言う私に、彼は酷く動揺した瞳を見せた。何か言おうと口を開くが、それは結局音にはならず、苦しげに口を閉ざす。私は立ち上がって服を払う。デンが小さく鳴いた。
彼に同情なんかしてやらない。自ら選択し、その結果得た現在なのであれば、それは尚更。本質的に100%を理解し合うことなど不可能だ。相手を100%理解しようだなんてそんなの傲慢だ。それならば最初から理解し合おうとしなければいい。無意味に同情しなければいい。関わり合わなければいい。
そう思うのに。今までそう思ってきたのに。何故彼を前にするとこんなにも感情が乱されるのだろう。理由はわからない。考えるつもりもない。ただ、少しだけガッカリしただけだ。今までと一緒。何も変わりない。
私はエドワードを見ることなく歩き始めた。彼といると、ペースが酷く乱れる。
もやもやとする感情。自分の歩調が早まったことに気付いた。