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リビングを出て行った彼女の背中を、俺はただバレないようにチラリと見るだけだ。どう接していいのかわからなかった。少し打ち解けられたと思ったら急激に突き放されて。この感情を何処に持って行けばいいのか、正直自分でも持て余していた。

彼女が言っていたのは実に正論だ。俺達だって別に周りから同情して欲しい訳じゃない。自業自得なのだから、同情なんていらねえと俺だって言うだろう。
それでも、きっと無意識の内に小さな安心感を覚えていたのだ。彼女が同じ穴の狢だったならば、俺達と一緒だったならば、正当化されるはずのない行為が1%でも肯定されるのではないか、と。そんな傲慢な考えがきっとあったのだ。彼女はきっとそんな俺の傲慢に気付いていたのだ。迷うな、進め、と。暗に言われている気がして情けない気持ちになった。



「そういえばアームストロング少佐、マスタング准尉って士官学校を出ているから本当だったら軍部に所属した時点で少尉になる筈ですよね?」

「マスタング准尉は自らマスタング大佐へ申し出たそうだ。彼女は士官学校時代から成績優秀で所謂飛び級で卒業している。実力だけで言えば大尉…いや、少佐と言っても差し支えないだろう。」

「自分で申し出てって…なんでですか?」

「ううむ…それは我輩から言える話ではないな。正直詳しいところはわからんのだよ。恐らく年齢を考慮してのことなのだとは思うが。」



含むような言い回しをしたアームストロング少佐。アルフォンスは納得いかないのかうんうん唸っている。俺にだって彼女の考えなんてわからない。彼女はいつでも俺達の何歩も先を行っている気がするのだ。いつだって彼女の背中ばかり見ている。あの日、感情を露わにして離せ、と彼女が叫んだときに、やっと近くに並べたと思ったのに。

暗闇が広がる窓の外から見えるのは細く伸びた白い煙。彼女の煙草の煙。ここにいるよと叫んでいるような、狼煙のようなその煙。窓際に椅子をズルズルと引きずって、座る。あー、あっちいな!わざとらしく窓を開けるとエルは一瞬だけ視線を投げるだけでまた煙草を口に含んだ。意を決して言葉を紡ぐ。なんで喋るだけでこんなに緊張しなきゃならないんだ。ちくしょう。



「なあ、お前飛び級で士官学校出てんのに何で准尉で任官されてんだ?」

「…アームストロング少佐が言ったんですか。」

「おう。」

「…ホント、口の軽い…。別に興味無いですから。地位とか名誉とか。私は私のやりたい事が出来ればそれでいいんです。」

「ふうん。」

「それに、」



准尉なら、殉職しても大佐の地位を越さないですからね。



静かに煙を吐き出した。それが当然だとでも言うように、至極簡単に。彼女の視線は闇に向けられていて、動かない。
殉職とか、そんなのおかしいだろ。なんだよその殉職するの決定ですみたいな口振り。大体大佐は部下の犠牲なんか望んじゃいない。むしろ怒る。こいつが大佐への銃弾受けて死んだりしたら絶対怒る。そんなの自分でもわかってるんじゃないのか。なあ、おい。
無意識に窓の枠を握り締めていた。ギリリと鳴ったのは手元じゃなくて俺の歯噛みする音だ。



「…なんであなたがそんな顔するんです。」

「ホントお前のその表情筋の無さ、腹立つ。なんだよそのいつ死んでもいいと思ってますみたいな面。」

「思ってますからね。」

「思ってんじゃねえよ。大佐がそんなの許すわけないだろ。」

「そうですね、あの人は許さないと思います。でも、貴方だってアルフォンスさんが元に戻るなら自分1人の犠牲くらいは、とか考えるでしょう。それと一緒ですよ。」



図星だ。俺は黙るしかなかった。

話は終わりですか、と彼女が立ち上がる。彼女はいつだってそうなんだ。俺の痛いところを突いて話を完結させてしまう。彼女の正論は、痛い。
いつの間にか煙草の火は消されていた。彼女が俺に向ける視線は出会った頃よりもずっと強い。そして少し冷たい。まるで拒絶するようなそれに一瞬怯んだ。ああ、こんなの、出会った頃より酷くなっているんじゃないのか。
咄嗟に声を掛けようとするも、彼女は耳を貸さずにスタスタと去って行ってしまう。また俺は彼女の背中を見るだけなのだ。もやもやする。なんなんだ。なんなんだ!

そこに残されたのはもやもやした想いを抱えた俺と、彼女の煙草の苦い薫りだけ。