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びっくりした。

幼なじみの少年が外出先から連れ帰って来たのは、無表情な女性だった。あいつが女連れで帰宅なんて衝撃が大きかったが、それ以上に彼女が軍人なのだと聞いて更に驚愕した。

どう見ても華奢なその体躯で軍人なんて務まるのかと。しかしすぐに納得した。アームストロング少佐に敬礼するその姿はこなれていて、背筋の伸び方はこちらが感嘆してしまうほどしなやかで美しい姿勢だったのだ。同い年くらいの彼女が軍人だなんてにわかには信じがたかったが、その敬礼を見るだけで説得力は抜群だった。

アームストロング少佐と少し言葉を交わした後、つい、と移された彼女の視線は私にまっすぐ向けられた。どぎまぎする心を隠してにこりと微笑む。ぺこりと小さくお辞儀をした姿が、先程の敬礼とは違って、なんというか年相応に見えて、かなり親近感が湧いた。そういえば同年代の女子なんて久しく喋っていないかもしれない。



「私、ウィンリィ・ロックベル!」



声を掛けると彼女は目を少しだけ開いて「エル・マスタングです」、と言ってくれたので嬉しくなった。



「ねねね、エルはなんで軍人になろうと思ったの?」

「恩返しをする為です。軍人になるのが一番手っ取り早かったので。」

「…もしかしたら、死んじゃうかもしれないのに?」



寝室でベッドに寝ころびながら聞く私に、エルは銃の手入れをしながら視線を一瞬こちらにやった。カチャカチャと響く金属音をBGMに彼女は小さく言う。「軍人は嫌いですか」、と。

咎めている声ではないのに、ドキリとする。

軍人が好きか嫌いかと言われたら、嫌いな部類だと、思う。軍が無ければ父さんも母さんも死ななかったかも知れない。エドワードもアルフォンスもきっともっと安全な道を選べたかも知れない。

でも、と思う。きっと軍が無くても目の前で傷付いている人がいたら父さんも母さんも迷わず治療に向かっただろう。きっとエドワードもアルフォンスも目の前に可能性があったらもっと危険な道を歩いただろう。
嫌いなのに嫌いになれない。そんなジレンマでない交ぜの私は結局リゼンブールでいつ帰って来るかもわからない人を待ち続けるのだ。待つのは怖い。でも彼女のように命を賭けて軍人になる勇気なんかこれっぽっちも無かった。



「エルは、強いね。」



枕に顔をうずめて、吐き出すように言った。「ウィンリィさん」、とエルの声がして顔を上げる。銃の手入れはとうに終わっていて、エルは私に向き合うように座っていた。手に付いた油を拭き取る仕草すら優雅に見えるのに、彼女は間違いなく軍人なのだ。その華奢な手で人の命を奪うことだってあるかも知れない。それは少しだけ、怖いことだ、と漠然と感じる。

目の前の彼女が軍人として人を殺すというのなら、いつか私の幼なじみだってそうなるかもしれないのだ。それが何よりも怖い。私の知らない彼らになるのが怖い。待つのは、そうなんだ。変わっていく彼らを目の当たりにしなければならないのだ。過程はわからず、結果だけを見せ付けられる。そして彼らは私に共に変わっていく事を遠回しに拒否する。それが、すごく寂しい。



「ウィンリィさんの言う強さが何かはわからないけど、私なんかよりウィンリィさんの方が強いと思います。」

「えー?」

「私は自分が死ぬか相手を殺すかしか出来ませんから。あなたは、エルリック兄弟や、体の一部を失った人を立ち上がらせる事が出来るでしょう。人を殺すよりも生かす方がよっぽど難しいことですよ。少なくとも私には出来ません。」



彼女が表情筋をぴくりともさせずに言い切るものだから、本音なんだろうと推測した。なんだか気恥ずかしかった。そんな風に見ていてくれるなんて、嬉しかった。私は変わらないでここで彼らを待っていていいんだよ、と言われたようで嬉しかった。
何でか彼女の言葉には説得力がある。胸にストンと落ちてくる。素直に受け入れられる。きっと本人はそこまで意識してないんだろうけど。初対面の彼女の言葉に安心する、と言ったらおかしいかもしれないが。私はきっとまた笑顔で彼らを送り出せるんだろう。いってらっしゃい、と背中を見送れるんだろう。

私が照れ笑いを返すと、エルは少し油の臭いのする手で頭を撫でてくれた。それはまるで幼い頃眠れない私を母さんがあやしてくれたような、そんな優しい手付きだった。まだ話したいことがあるのに、と思っても私の意識は段々と微睡んでいく。

ああ、もうすぐ夢が私を迎えに来るんだろう。今日の夢はきっと素敵な幸せな夢。いつもより徹夜して頑張ったのだから、それくらいの贅沢許してよね。いつものベッドなのに高級ベッドに寝てるみたいに気持ちが良い。この心地良い眠気には抗えない。

おやすみなさい。優しい声が響いて私の視界はブラックアウトした。