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コケーと鶏の鳴き声が聞こえた。

俺はすっかり元通りになった右手に白い手袋をギュッとはめる。やっと中央に出発出来るのだ。マルコーさんの研究資料のある、中央に。賢者の石に近付く事が出来る。元の身体に戻る手掛かりに近付く事が出来る。俺の心は期待に満ち満ちていた。この機械鎧だってもうメンテナンスの必要なんか無くなるかも知れないのだ。いやあお疲れお疲れ俺の右手。金属で出来た右手を強く握った。



「マスタング准尉はこれからどうするのだ?」

「私も中央に用事があるので、そこまではご一緒します。」



ブーツの紐を結びながらアームストロング少佐に答える彼女はこちらを見ない。リゼンブールに来てから、というか、記憶喪失の話をしてから、彼女はまともにこちらを見ない。必要最低限しか話さない。必要以上に関わるな、と言外に表すのだ。
彼女は昨晩俺達兄弟の幼なじみと本当に夜を共にしたらしい。徹夜続きだったウィンリィはまだ起きてきていないようだ。あいつに何か変なこと言ってないだろうな、とジト目で見ると、エルは一瞬だけこちらを見て溜め息を吐いた。おいおいなんだよその態度。



「そんなにウィンリィさんが心配なら私を睨むんじゃなくて本人に安否を聞いてきたらいいんじゃないですか。」

「なっ!べっ別に俺はだなあ!」

「別に取って食ったりしてないですよ。」



顔の熱さを感じて声を上げるが、エルは俺の言葉なんか聞いちゃいませんよと言うようにピナコばっちゃんに「お世話になりました」と握手を求めていた。ばっちゃんはその光景にカラカラと笑い声を上げた。アームストロング少佐は「青春だな!」とか言いながら笑ってるし、アルフォンスだって笑い声を上げている。この扱いはなんなんだ。俺が何かしたって言うのか。
アルフォンスが、「そういえばウィンリィは?」とピナコばっちゃんに聞くと、ウィンリィは徹夜続きだったからまだ寝ていると、俺の思った通りの返事が返ってきた。呼んでくるかと言われたが断った。どうせ起きてきてもメンテナンスがどうだこうだうるさいんだ。二度と会えないわけじゃないんだし、見送りの為だけに起こすのだって憚られる。
「じゃあな」、とばっちゃんに声を掛けて足を駅に向けた。



「ボウズども、たまにはご飯食べに帰っておいでよ。」

「うん、そのうちまたね。」

「こんな山奥にメシ食うだけに来いってか。」

「エル、あんたも近くに寄ったら顔出しな。ウィンリィが喜ぶからね。」

「…ええ、また機会があれば是非。」

「ふっふ…。」

「なんだよ?」

「迎えてくれる家族…帰るべき場所があるというのは幸せな事だな。」

「へっ。俺たちゃ旅から旅への根無し草だよ。」

「エド!アル!エル!」



寝ているはずの幼なじみの声が響いて俺達は振り返る。そこには寝起きですを体で表したような風貌のウィンリィがいた。髪の毛寝癖ではねてんぞ。半目だし、おおよそ年頃の女とは思えない。きっと口にしたら十中八九スパナが飛んでくるので死んでも言わないけれど。そんな俺達の幼なじみは窓の外の柵に寄りかかり手をひらひらと振る。



「いってらっさい。」



…あー、めんどくさい奴。アルフォンスは手を振り返してるし、エルもぺこりと礼をしている。俺は頭をボリボリと掻いた後に手を上げた。振り返らずに、おう、と返事をすれば、きっとウィンリィは柵に寄りかかったまま満足そうに笑うんだ。

いつの間にやら前を歩く軍人も幼なじみのいってらっしゃいリストに入っているようだった。彼女はあくまで護衛であって仲間ではないのに。リゼンブールに再び訪れるかだってわからないのに。
…でも、そうだな。また彼女がリゼンブールを訪れてくれればいいと思う。あんなに同情するなと言われたのに、リゼンブールが俺達にとって安らげる場所であるように、彼女にとってもそうであればいいと思ってしまうのだ。いつも張り詰めているような彼女が少しでも安らげるのなら。

チラリと見えた彼女の横顔は、相も変わらず涼しげな無表情だった。