白い部屋で私と彼はみんなを見ていた。私はまだ起きたばかりでぼんやりとしていたが、彼は私の手を握ってまっすぐ前を見ていた。キラキラ光る瞳はとても綺麗で、私は彼の目には宝石が入っているんじゃないかと思った。それを彼に言うと、驚いたように宝石を大きく見開いて、嬉しそうに細めた。
「お前はまだ起きたばかりだから、俺が色々教えてあげる。」
「おしえる?おしえるってなにを?」
「色々さ。俺は一番長くここにいるから、何でも教えてあげる。」
あれは?と指差すと、彼は「あれは太陽だよ」と教えてくれた。
あれは?と指差すと、彼は「あれは月だよ」と教えてくれた。
あれは?と指差すと、彼は「あれは石だよ」と教えてくれた。
目に入るものはすべて彼が教えてくれた。彼は何でも知っていたから、私はもっと知りたくなった。ここに無い物を知りたくなった。彼にそれを言うと、一瞬迷った後に困ったように眉を下げたから、きっとこれは言ってはいけないことだったんだとわかってしまった。
「教えてあげたいけど、今はダメなんだ。」
「いまは?いまじゃなかったらいいの?」
「みんながいなくなったら、教えてあげられるかも。」
「みんながいなくなるなら、しらなくてもいいかなぁ。」
「お前は名前の通り、優しいね。」
「なまえ?わたしにもなまえがあるの?あなたにもなまえがあるの?みんなにも?」
「あるよ。俺の名前はね、」
囁くように教えてくれたそれは、私の耳には届かない。私はそれをずっと覚えていたいと思った。彼が教えてくれた全部を覚えていたいと。
でも、私は彼のように物知りではないから、全部を覚えることは出来ないんだと、いつか忘れてしまうんだと、彼は言った。私はそれが悲しくて少しだけ泣いた。全部を覚えていられなくても、彼のことだけは覚えていたかったから。
彼がまた困ったように笑うから、私はそれ以上わがままは言わないようにしようと思った。わがままを言わなければ、過ぎた望みを抱かなければ、彼のことだけは覚えていられるんじゃないかと思ったから。
「これだけは覚えていて。」
「とけい?くれるの?」
「ほら、裏側を見てごらん。お前の名前を書いてもらったから、きっとそれだけは忘れないよ。」
「わたし、あなたのこともおぼえていたい。」
「それは、難しいかもしれないね。でも、いつか思い出すかもしれない。だからそれまで大切にしまっておいて。」
エル、それがお前の名前だよ。
彼の甘やかな声が、私の名前は彼の知っている中で最も優しく、最も綺麗で、最も尊いものなのだと、教えてくれた。
白い部屋の中で、彼といるその瞬間だけは、夢のように幸せで、何よりも大切な時間だった。
そう、これは夢だ。果てしない、夢だ。