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少しだけ過去に遡ろうと思う。それは私がノックス先生を訪ねる数日前の事だ。

エルリック兄弟やアームストロング少佐と共にセントラルの駅へ降り立つと、我先にと汽車を飛び出したのはエドワードだった。
アルフォンスや少佐が図書館も中央も逃げないよ、と窘めるのも聞かずに歓喜の声を上げる。なんでも中央図書館に賢者の石の資料があるそうだ。アルフォンスと2人、リゼンブールから向かう汽車の中でしきりに元の身体に戻った時の話をしていた。
楽しげにあーだこーだと言い合う姿は年相応で。アームストロング少佐がにこにこと笑いながらその光景を眺めるのを私は遠目で見た。



「エルちゃん!エルちゃんでしょう!」



駅のホームで私の名前を呼んだのはマリア・ロス少尉だった。ショートカットを揺らして駆け寄ってきた彼女は、「久しぶり!」と嬉しそうに笑んでみせた。ロス少尉はマースさんやアームストロング少佐の部下なので中央司令部に立ち寄った際に何度か面識があった。「泣きぼくろがチャームポイントなのよ」、と笑ったのは彼女と出逢ってすぐのことだったと思う。
ロス少尉は一頻り再会を喜んだ後にアームストロング少佐に向き直りお迎えに上がりました、と敬礼する。その顔は先程とは少し違う、部下が上司に見せる軍人の顔だ。隣にいた男性軍人もそれに習ってぴしりと敬礼した。



「こちらが鋼の錬金術師殿でありますか。」

「マリア・ロスです。お会いできて光栄です!」

「デニー・ブロッシュです!」



いやあ、二つ名通りの出で立ち!貫禄ですな!
にこやかに言い放ったのはデニー・ブロッシュ軍曹だ。私の横で愕然としているのはエドワードである。ロス少尉とブロッシュ軍曹が敬意を表していたのは鋼の錬金術師エドワード・エルリック。ではなく、その弟の、全身鎧のアルフォンスだったのだ。やんややんやと褒め称えるその相手は本来ならばエドワードであって然るべきなのだが、その出で立ちから、悲しいかな毎回勘違いされるのだとぶつくさ言っていた。
そして今回も例に漏れず、そうなのだった。

アルフォンスとアームストロング少佐がエドワードを指差すと軍人2人は「えっ?あっちのちっこいの?」とポロリと言葉を零す。ちっこいに反応してキーキー怒声を上げ2人に襲い掛からんばかりの怒りを纏ったエドワードの首根っこをアームストロング少佐が掴んで阻止する。ロス少尉が慌てて謝罪するも、ブロッシュ軍曹のフォローと言えないフォローでエドワードの怒りは最高潮に達してしまった。ぶちん、と血管の切れる音が聞こえたのは私の空耳ではない、と思う。
火に油を注いでしまった張本人はあわあわと口を押さえてロス少尉に助けを求める。ロス少尉が静かにブロッシュ軍曹から目を逸らしたのを、私は見た。

そんなあああ!ロス少尉殿おおおお!

ブロッシュ軍曹が悲痛な叫びを上げた。次いでこちらに熱くて絡まるような視線を感じたような気がしたが、そこは私もロス少尉同様そっと目を逸らした。収拾の付かなくなった事態に嘆息こそすれ、身を削ってまで収めようとは思わない。ああブロッシュ軍曹、貴方のことは忘れません。

今にもブロッシュ軍曹に殴りかかりそうなエドワードが中央司令部に赴くため別れを告げたアームストロング少佐に熱い抱擁で潰され、事態が急速に収まるのはこの数十秒後の出来事である。