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「そういや、エル。お前昇進試験辞退したんだって?」

「…相変わらず耳がお早い。」

「中央のおっさん方がすげー顔してたらそりゃ聞かなくてもわかるってもんよ。俺や東方司令部の奴らはお前さんの事情も知ってるが、あんまり目立つ行動はお前の為にならないぜ。」

「別に目立つ行動ではないですよ。士官学校を出て間も無い私が受けるものではないかと、と進言したまでです。」

「そもそも飛び級卒業してる奴が准尉として任官って時点で既に目立ってんだよ。」

「…それは、わかってますけど。今はあくまで東方司令部所属の准尉です。いくら中央の方々に言われようと大佐が推薦しない限りは試験を受ける義理はないかと。」

「おいおい、異動にならない限り一生昇進しないつもりか?」



右手をぐっと握る。昇進試験の話は元より、卒業と同時に国家錬金術師資格を取り、少佐として任官する話も出てはいた。
本来ならば士官学校を卒業した者は少尉として任官されるはずだが、東方司令部にいる間は、という条件付ではあるが、准尉として部下になることが出来たのもマスタング大佐の口添えのおかげ、"という事になっている"。
事実を知っているのはマスタング大佐、マースさん、リザさんの3人のみ。
アームストロング少佐の言っていた「事情」というのは、恐らく対外的に知られている部分のみだろう。

国家錬金術師資格を取る事はそもそも考えていなかった。卒業後すぐに少佐として任官だなんてたまったもんじゃない。

頑なな私の脳裏に浮かぶのは、士官学校最終学年の南部戦線での実習。硝煙の匂い。血の匂い。絶望に染まった顔。事切れる瞬間。そして、その場にそぐわない、狂ったような慈愛に満ちた彼の顔。



『頭を垂れろ。何、簡単だろう?君は元より"いない"存在なのだから。それとも君は恩人達に後ろ足で砂をかけたいのかな?』

『…しっぽならばいくらでも振りましょう。その代わり、僭越ながら私からもいくつか条件を…宜しいでしょうか。』

『言ってみろ。』

『任官は准尉として。東方司令部に配属されている間だけで構いません。それから、中央での立場は、後見人の方々へ話をさせて下さい。勿論、任務内容の詳細を都度漏らすつもりはありません。』

『…いいだろう。君の活躍を期待しているよ、エル・マスタング"准尉"。』



無感情な表情ならば、いっそ心まで無感情になれたらいいのに。私の心はいつだってざわめいている。
活躍だなんて笑わせる。彼らは皆、私のことを人殺し、人殺し、と騒ぎ立てているのに。
それでも私はずっとあの時のあの場所に縛られたまま、動くことが出来ない。

ロイさんの苦虫を50匹ほど噛み潰したような顔までもが鮮やかな記憶として蘇る。「君は馬鹿か!」と鼓膜が破れるほどの本気の平手打ちを受けたのはまだ記憶に新しい。マースさんがロイさんを羽交い締めにして止めていなければどこまでボコボコにされていたんだろう、と横を歩く彼の顔を盗み見る。



「大体なあ、お前みたいな奴に軍人は似合わねえんだよ。さっさと嫁にでも行って軍人なんか辞めちまえ!」

「ちょっと、それ全然笑えないんですけど。」

「エルの性格じゃあ、そもそも嫁の貰い手が無いか。悪い悪い。」

「マースさんてたまに物凄い爆弾落っことしますよね。ホントそういうところ尊敬します。」

「まあ、冗談は抜きにして、理解してくれる人間を少しでも増やしておけよ。お前はただでさえ他人から見たら分かり辛い奴なんだしな。」



そう言うマースさんの横顔は至って真剣で、私は何も言えなくなってしまった。しん、と静かになった廊下では靴が床にぶつかる音が妙に大きく響いた。

私を理解してくれる人間なんて、いるのだろうか。ぼんやりと考える頭に浮かんだ顔は、



「よっ♪」

「…こんにちは。」

「ヒューズ中佐!」

「マスタング准尉も!」



浮かんだ、顔は。