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「護衛の任期が延びました。」



さらりと言ってのけた彼女はヒューズ中佐がシェスカを軍法会議所に引きずり連れ去ると、早々に扉の前に椅子を持って行き自分の世界に入り込んだ。それは護衛と言うか、ただの図書館利用者じゃねえのか。アルフォンスも同じ考えだったらしく俺の顔を見て、はは、と乾いた笑いを零した。
彼女が黙々と読んでいるそれは俺達がマルコーさんの研究書の暗号を読み解くために参考資料にと持って来た本だ。彼女は当たり前かのようにそれらの中から一冊を徐に拾い上げ読み始めたのだ。いや、いいけど。別に読んでもいいんだけど。お前護衛じゃねえのか。



「何ですか。」

「お前護衛じゃねえのか。」

「してるじゃないですか、護衛。」

「俺には個人的に研究書を読んでるようにしか見えないんだが。」

「僕にもそうとしか…。」

「危険が迫ったら助けますよ。」

「どうせ資料読むなら手伝えよ。」

「…私には関係ないじゃないですか。」

「あれあれあれー?マスタング准尉様ってばもしかしてこの暗号が難解過ぎて解く自信が無いんですかー?」



彼女はチラリとこちらを見るなり、ちっと盛大に舌打ちをした。態度悪過ぎだろこのやろう。
パタリと本を閉じるとカツカツと近寄って来た。マルコーさんの資料を一山掴んでパラパラと捲り、ある程度まで見るとまた同じ場所へ戻す。その行為を何度か繰り返した後、彼女は山積みになった本の前まで来ると、パタパタとその山を崩し始めた。その様子をしばらく見ていると一つの山だった本はいくつかのカテゴリー毎に分けられていることに気が付いた。



「そこ。」

「え?」

「鳩料理の項目。それ、ミハエル・マイヤーでしょ。アタランテ遁走曲。」

「…そうか、そういう見方もあるのか。」

「マスタング准尉、こっちはどう思います?」

「蛇料理は言うまでもなくウロボロスでしょう。賢者の石の創造過程の意味を有してるくらいですから。」



頭をポリポリと掻きながら答える彼女はやはり錬金術を理解しているだけある。頭の回転が早い。かつ俺達とは視点が少し違うようだ。考えもつかない新しい閃きが放り込まれた。あれはこれはと訊ねる俺達にエルは思案しながらも見解を展開する。
彼女は本当に国家錬金術師になれる程の知識量を余裕で携えているのかもしれない。その見解は的確かつ豊富な知識から導き出されたものだということが良く解る。

三者三様、顎に手を掛けてぶつぶつと口の中で反濁する様を見てか、先程まで頭の上にクエスチョンマークを山ほど飛ばしていたロス少尉とブロッシュ軍曹が小さく吹き出した。その声に反応して同時に彼らを見やると、今度こそ2人の軍人は声を出して笑い始めた。聞くに、兄弟みたいだ、と。ぽかんとしている俺達兄弟だったが、それを即座に否定したのはエルだった。



「私、こんな兄弟いりません。」

「んだとコラ!こっちの台詞だ!」

「僕、マスタング准尉がお姉ちゃんだったら嬉しいけど。」

「「は?」」



アルフォンスの言葉に重なった声は俺と彼女のものだった。
アルフォンス、お前は俺の大切な弟じゃないのか。何をこの女に吹き込まれた!脅されてるのか!兄ちゃんが助けてやる!言え!
アルフォンスの肩を掴みながら揺さぶる。

「ややややめてよにいささささん!」アルフォンスの金属に籠もったような声がゆらゆらと揺れた。直後に俺の頭に落とされた平手はエルが机から錬成した木製の物だった。べしゃりと潰された俺に笑いを堪えるロス少尉とブロッシュ軍曹。お前らの護衛対象が今まさに怪我させられてるっつーのになんなんだ。というかこの手を練成しくさったこの女はなんなんだ!



「手が滑りました。」

「どこの世界に手が滑って俺の頭にピンポイントで練成する馬鹿がいるんだよ!お前もうあれだ!表だ!表に出ろ!!女だろうが関係ねえ!ボコボコにしてやるわ!!」

「あー、で、アルフォンスさん、ここは…、」

「聞けー!!!」