茫然とするエルリック兄弟に背を向けて、私は高く聳える壁を見やった。錬金術では錬成反応の光で門番に気付かれてしまうだろう。
やはり最初に始末しておけば良かったと、小さく息を吐いた。彼らがいなかったら迷わず殺して正面から入っていただろうに。
…いや、今までの私ならきっと彼らがいようがいまいが関係無く、正面突破していた。これは私の弱さだ。彼らには、見せたくない。見られたくない。ニーナのこと、スカーのこと、ブラッドレイ大総統のこと、色々なことが一瞬頭を逡巡し、躊躇ってしまったが故の愚行。
それら全てを頭から振り払うように、助走分、壁から距離を取る。スタスタと歩く私にエルリック兄弟が声を掛けようと口を開いていたが、視線でそれを制した。これ以上仕事の邪魔をされるのも関わられるのもごめんだ。第五研究所に彼らの求める何かがあるのなら、それは私が必ず掴んで帰る。だから。
「早く宿に帰りなさい。研究所に忍び込もうなんて馬鹿な事は考えないで。私は今は護衛じゃない。何があってもあなた達の命の責任は取れない。」
「…エルッ、」
「これ以上、私の邪魔をするな。」
吐き捨てるように言った後、エルリック兄弟を睨み付け、一気に助走で勢いを付けた。地面を蹴り上げる。直角に飛び、壁を一蹴り、二蹴り。高圧電線に引っかからないように角を蹴り飛ばして空中で一回転。下でエルリック兄弟が口を開けてぽかんとこちらを見ているのが視界に入ったが、落下していく内にそれは見えなくなる。音を立てず地面に着地すれば、無事に侵入成功となった。
「…さて、と。」
目の前には排気口。ここから入るしかない、か。蜘蛛の巣だらけのそこは狭く、小柄な人間じゃないと通り抜けることは出来ないだろう。埃を吸わないようにハンカチを口に当て、ずりずりと匍匐前進で前に進む。通り抜けた頃には全身埃だらけになるんだろう。早く仕事を終わらせてシャワーを浴びよう。はあ、と溜め息を一つ。その拍子に瞼を閉じた。
誰かが私を呼ぶ声がする。
それは気のせいかもしれなかった。進行方向から聞こえた気がしたそれは、何の呼び声なのか。薄暗い闇の中、排気口の奥にある小さな光に向かって一歩ずつ体を進める。
埃臭さに混じって、段々と血の匂いが濃くなる。一朝一夕でこんな匂いになる訳が無い。この先に待っているのは、一体何なんだ。警戒を解かぬまま、それでも何故か体の奥底から湧き上がるような吐き気に、私はハンカチをより一層強く口に押し当てた。
呼吸が浅くなり、過呼吸になりそうになる。吐いてしまいそうなそれを大きく飲み込み、パニック状態にならないように大きく息を吸い込んだ。
誰だ。何だ。一体、何なんだ。
今までに感じた事の無い気配に、ほんの少し恐怖が芽生える。私は果たしてこのまま進んでいいのか。この先に、何かがある予感がする。本能的にそれを察知する。それは決していいものではない。
「…っ、行くしか、ない…、」
本能と心と身体が一致してくれない。ギリリと歯噛みをして、私はそれでも前に進んだ。
かつてのあの時のように。私はもう戻れない。進むしかない。光が段々大きくなっていく。それが希望の光じゃなくても、掴み取れない物だとしても、前に進むしか、道が無いのだから。
…あの時?あの時って、いつの事だ…?