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スタッと降り立った廊下で、気色の悪い気配を感じた。絡み付くような視線。寒々しい殺気。ぞわぞわと鳥肌が立つ。何にせよ、第五研究所には大総統が言っていた通り、やはり何かがある。嫌な気配を肌に感じながら足を進める。使われていないはずの施設。そんな施設では必要ないはずのライトが点々と灯った。私をどこかへ誘うように点いたそれに、抗う事なく進路を定めた。

大きな明かりが近付くにつれてどくどくと拍動が激しくなる。こんな仕事初めてじゃない。緊張するはずもないのに、何故。吐き気は未だに収まらない。ぐ、と堪えて足を進める。こんな事で立ち止まっているわけにはいかない。

明かりの灯った部屋に着いた瞬間。壁に手を付いたまま私はその場に座り込んだ。頭がねじ切れそうな、脳みそを揺さぶられているような。その感覚はどこかで経験したかのような既視感。
部屋の中央には錬成陣。私はこれを見たことがある。確かに、ある。無いはずの記憶が総動員で伝える。逃げろ、危険だ、と。しかし足に力が入ってくれない。
は、は。荒い息が響く。体を叱咤して立ち上がるが最初の一歩が踏み出せない。逃げろと言う危険信号とは裏腹に、錬成陣に見入ってしまう。



「随分お疲れのようね?」



しまった、と思った時にはもう遅かった。首元に突き付けられたそれは、剣のように鋭く尖った長い爪。クスクスと笑う声は女性のものだ。首から、ツ、と血が流れた。ごくりと息を飲んで銃を構えようとするが、手をやんわりと包み込まれる。目の前に現れたのは奇妙な出で立ちの少年?少女?中性的なその人物は楽しげににっこりと笑った。手を引こうとしても、華奢なその体躯からは想像出来ないほどしっかりと手を握られていて微動だにしない。じとりと嫌な汗が滲む。



「お姫は殺しちゃいけないんだからさー、余計な抵抗しないでよね。」

「だ、れ、」

「あらら、しんどい?…まあ、そうだよね、この錬成陣は、お姫とあいつの、」

「エンヴィー、余計な事言わないで頂戴。この子にはゆっくりと目覚めてもらわなきゃ。」

「うるっさいなー、ラストおばはんは。コミュニケーションだよコミュニケーション!」

「うる、さ、い!」



エンヴィーと呼ばれた人物を右足で蹴り飛ばすと、うわあ、と声を上げてそれを避ける。後ろのラストと呼ばれた女性にもそのまま回し蹴りを繰り出すと彼女も少し驚いた風にはするものの避けてしまう。脳みそがグラグラと揺れて重心を保てない。
咄嗟に手に持っている銃で自分の側頭部を殴打した。ぐわんぐわん。衝撃がくるが、今はそれでいい。我を保つには、衝撃が必要だ。2人が面食らったようにこちらを見ていた。私はふるふると頭を振って髪をかき上げる。床に足を踏みしめて彼らを睨むと、私の目的に気付いたのか愉しげに微笑まれた口元が深くなった。



「…はあ、これで、すっきりした。…さあ、洗いざらい吐いてもらいますよ。」



ポキポキと鳴らした指に、エンヴィーが呑気に、ひゅう、と口笛を鳴らした。