「まあまあ落ち着いて。」
エンヴィーが笑う。「うるさい」と一蹴すれば、やれやれと言う様に肩を竦めた。ラストがふう、と息を吐く。ラストはそのまま腕組みをして呆れたように私を見た。そしてゆっくりと口を開く。
「あなたまだ自分の立場を理解していないようね。あなたは利用価値があるから生かされてるのよ。」
「…貴方達の親玉は一体誰なの。軍上層部の連中?」
「やだなあ、お姫。そんなチンケな存在じゃないよ、お父様は!」
お父様。彼らの言うお父様とは一体誰なんだ。軍上層部ではなくて、軍人を見張りに使える軍関係者なんて限られていると言うのに。
巡る思考にストップを掛けるようにエンヴィーが私の顔を至近距離から覗き込む。額に銃口を当てても彼は動じない。ラストも口元に笑みすら浮かべている。私が引き金を引けないとでも思っているのか。馬鹿にされているようなその空気に苛立つ。
躊躇することなく、ぐ、と指先に力を入れる。パシュ、と空を切る音の後、エンヴィーは額から血を噴き出しながら仰向けに倒れた。そのままラストに銃口を向けると、彼女は口元を押さえてくすくすと笑っている。仲間が殺されたのに何を笑っているんだ。一歩踏み出しラストに照準を絞ろうとした。
した、のだ。
「…!」
「残念だったね、お姫。」
「私達は死なない。」
すうっと伸びてきた腕に、後ろから羽交い締めにされた。まるで後ろから抱き締められるようなその体制に冷や汗が流れる。
何故、何故。頭の中では忙しなく危険信号が発せられる。油断なんかじゃない。確実にエンヴィーの眉間を狙ったはずだ。狙っただけではない。確実に撃ち抜いたはず。手応えがあるかないか、いくら本調子でないにしても見誤る事なんてあるはずがない。なのに、あるであろう傷が、ない。撃ち抜いた瞬間は確実にあったはずの傷が、消えていた。
「驚いた?」
エンヴィーが私の耳元でそっと言葉を紡ぐ。つ、と首筋を這うような指の動きにぞわぞわと鳥肌が立った。どくんどくんと拍動は止まない。目を瞑って深呼吸をしたところで汗は引かない。
「動かないでよね、お姫。」
「ここで争ってもあなたに得は無いわよ。」
「そもそもさー、お姫はあんな馬鹿な人間共といるべきじゃない。こちら側にいるべきなんだよ。」
「…どういう、こと。」
「こっちに来たら教えてあげる。ぜーんぶ、ね。」
私の肩越しに、にい、と笑うエンヴィーの言う言葉が本当か嘘かはわからない。ハッタリでないとしたら、彼らは一体私の何を知っているのだろう。過去の私を知っているのだろうか。それとも?
馬鹿な人間共と、彼らは言う。自分達はまるで人間ではないと主張しているようなその言葉。しかし、私だってその馬鹿な人間の1人だ。普通、ではないかもしれないけれど。
こちら側に来いとはどういうことなのか。馬鹿な人間を仲間に引き入れて、得があるとは思えない。しかし私の、普通でない部分を知っているのだとしたら?もし、そうだとしたら。大佐ですら知らない部分を何故彼らが知っている?何故。何故ばかりが巡る。頭の中だけで展開される推論に歯噛みした。結局推論だけでは結論は出ないのだ。
この疑問を解決するには彼らの仲間になるのが手っ取り早いのだろう。嘘を吐いている様には思えない。本当の事を言っていると信用も出来ないが、ここまでの余裕ならばガセネタで私を誘惑する必要性も無いだろう。もしも私の望む情報を彼らが持っているのだとしたら願ってもない申し出なのかもしれない。いくら探しても手掛かりさえ無い探し物。それが今ここで全て知る事が出来たなら、この数年のシコリも綺麗に流れ去る事だろう。
でも。でも、と思う。
「ね、お姫。こっちにおいでよ。」
エンヴィーの微笑みが薄暗い照明の中浮かび上がる。彼は試している。試している、は買いかぶり過ぎかも知れない。彼は遊んでいるのだ。私がどう決断を下すか、どう行動するか、きっともう想像も出来ているのだと思う。その上で敢えて私に伺いを立てたのだろう。ならば私は彼の想像通りの言葉をくれてやろう。
すう、と一息。その後に、きっ、と前を見据える。
「お断りします。」
エンヴィーの笑みが深くなった。