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パン!

勢い良く合わされた両の掌でエンヴィーに触れると、それはバチバチと錬成反応を伴ってエンヴィーの体を破壊する。赤い液体を噴き出してグラリと揺れるエンヴィーの体躯を蹴飛ばしてその腕の中から逃れる。

コンクリートの壁から剣を錬成して切っ先をラストに向けると、彼女は頬に手を当てて、「じゃじゃ馬ね」、と宣った。その口調は酷く呑気で、そのままラストに斬りかかってやりたいところだが、やはりエンヴィーはすぐに復活してしまう。コキコキと肩を鳴らして起き上がるその動きには余裕すら感じられた。

流石に2対1は分が悪い。しかも相手は死なないときた。こんな厄介な相手は早々いない。
ちぃ、と歯噛みをする。それは厄介過ぎる目の前の相手に対してかもしれないし、力の無い自分自身にだったかもしれない。とにかく今、現時点の私はそんなことを考えられる程の余裕は到底持ち合わせていなかった。

私は何歳の時からこんな生と死が隣り合わせな現場に身を投じて来ただろう。少なくとも、同年代の、まだ少女と呼ばれるだろう年頃の人間よりは私は死に近い所で生きている。
その浅い経験でもわかる程、エンヴィーやラストは群を抜いて強い。言い訳ではないが、私だって強い部類に入るはずだ。それなのに傷一つ付けられない。正しくは傷を付けても消えてしまうから、傷自体は付けているのだけれど。かすり傷にもならない攻撃はいくら繰り出しても無意味なのだと、理解している。それなのに頭はフル回転で、どうにかして彼らを殺すか、情報を聞き出すか。その解決策ばかりを計算するのに、結局答えは出ずじまいだった。

何故死なないのか。何故傷がすぐに塞がるのか。焦燥感すら出ない表情の下ではじわじわと真綿で首を絞められる様な静かで緩やかな恐怖を与えられている。そんな私の感情すら理解しているかのようにエンヴィーは嗤う。私に笑いかける。それは決して友好的なものではない。



「いいねえ。そのポーカーフェイス、崩してやりたい。」



エンヴィーがそう宣ったのは、拮抗したこの雰囲気がそう長く続いていないだろう時分だった。その言葉に良からぬ予感を抱いて、私は剣を握る手を一層強めた。返事をする様にチキリと鳴る。小さな音だったが、まるで何かの始まりを告げる様なその音が妙に耳に残った。
エンヴィーは入り口に振り返り、にこりと笑う。緊張した空間に響いたのは乾いた音。カツカツ、ブーツの底が地面に当たる様な音。まさかまだ仲間がいたのか。焦る内心を悟られない様に、ジリジリと彼らから距離を取る。そして私もゆっくりと入り口に視線を向けた。
その姿が視界に入った瞬間、サッと、血の気が引いたのがわかった。



「…な、んで…、」




思わず剣を取り落としそうになり、慌てて手に力を込める。しかし、自分でも驚く程手の平には汗が滲んでいた。カチカチと鳴りそうになる歯をグッと食いしばって、深く深呼吸をした。そんな私の動揺を悟ってか、彼は満足気に、綺麗に微笑む。



「久しぶり。」



その端正な顔立ちには痛いくらいに覚えがあった。
目に掛かる長い髪の毛が甘いミルクティーみたいな色だと言うと、彼はそこから覗く濃い茶色の切れ長の瞳をチョコレートみたいだろ、と笑っていた。所謂好青年という部類の彼は女性にもよく好かれたし、それと同じくらいに男性からの信頼もあった。そんな彼の事を私も信頼していたし、理解し合っていたはずだった。
しかし、その彼は今ここにいるはずもない人物なのだ。



「…ジェイク、少尉…ッ、」

「はは、元気?」

「なんで、」

「なんで、って?」

「だって、貴方は、」

「うん、俺は?」

「私、が、…私があの時ッ、」

「『殺した筈なのに』?」



私はグッと口を噤んだ。それは私の罪。慢心していた私への罰。そして今でも私を縛り付ける見えない鎖。忘れるわけが無い。彼を、私の罪を、忘れるわけが無い。
彼はかつてのように綺麗に笑う。しかし、瞳は以前のものとは正反対に冷たく私を見下ろしていた。
それはまるで、あの日の瞳と同じもの。