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ジェイクは笑った。私を見下すように、笑った。



「ジェイク、遅かったのね。」

「ヒーローは遅れて登場するもんだろ?」

「ジェイクは昔から時間にルーズだからね。」

「今はそんな事どうでもいい。…なあ、エル。この日をどんなに待ちわびたことか。」



そう言う彼の目は歓喜の感情で鋭く細められ、私は僅かに身を縮こませた。
こんな再会を望んでいたわけではなかった。あんな別れを望んでいたわけではなかった。彼は敵だった。出会った頃の優しい彼ではなかった。彼を殺したのはこの私だ。それなのに今、私の心臓は恐怖に縮み、混乱で震えていた。

ジェイクは、私が士官学校に入学して間もなく出会った青年だ。
そして卒業年に課せられる半年の実戦演習で南部戦線に赴いた時に、生徒の引率をしていたのが彼だった。時には叱り、時には優しく諭し、生徒を安全に再び中央の地面を踏めるようにと奮闘していた。

そんな彼は、生徒が中央に引き上げる前日に、キャンプ内で生徒を皆殺しに、した。生徒だけではなく、その場にいたアメストリスの軍人も大量に巻き込み、高らかに笑っていた。暴走するジェイクを殺したのが、私だった。

その彼が再び私の前に現れた。何故エンヴィー達と親しげに話しているのか。裏の事情なんてこれっぽっちもわかりっこないが、一つだけ言えるのは、昔も今も、彼は私達の敵なのだ。それだけが非情にも明確な事実だった。



「南部戦線は最高だったよ、お前の絶望に満ちた顔が見れて。」

「…間違いなく、殺したはずです。」

「俺が不老不死だと知らなかっただけの話だ。」

「ッ、ふざ、けるな!」



ガラン!と激しく音を立てて剣を地面に叩き付けた。ギリ、と唇を噛んでジェイクを睨み付けると、彼は先程までの表情を消してゆっくりと剣を拾い上げた。手の中で遊ばせる様に剣を握ると、ジェイクはもう一度こちらを見やる。その瞳からは感情は読み取れない。

あの日、確かに彼を殺した。脈がだんだんゆっくりと止まっていき、砂が零れる様に温かさを失っていく身体を連れ帰ったのは私自身だ。あの冷たさを忘れるはずがない。歯を食い縛って、背負った彼の重みを忘れるわけがない。私はそれらを全て罪として罰として体に記憶に宿した。決して忘れまいと。元々希薄だった感情に更に蓋をして、誰にもこの悲しみも苦しみも悟られないようにと、触れられないようにと、罪を、罰を、心に刻んだ。



「お前には覚醒してもらわなきゃならない。」

「…覚、醒…?」

「俺を一度殺した事を死ぬまで心に宿して、誰にも心を開かず、誰にも理解されず、手を汚して罪を重ねて生きていけばいい。」

「なにを、言ってるの…?」

「精々苦しんでくれよ。…ああ、そういえばネズミが2匹迷い込んでたな。そいつら殺したらもっと苦しでくれるかな?」



ネズミが2匹。その言葉にザッと血の気が引いた。
もしかして、エルリック兄弟がここに居るのか?来るなと言っても聞かないだろうとは思っていたが、まさかここにいるジェイク達がその存在を認識しているとまでは思考が及んでいなかった。



「彼らには手を出すな!!」

「そんなに怒って、そんなに大事か?あんなチンケなガキ共。」

「彼らは…ッ、彼らは関係無い!用があるのは私でしょう!?民間人を巻き込むな!」

「関係無いって顔してないんだよなぁ。まあでも他でもないお前の頼みだからな。ネズミ達はお前を苦しませてからどうするか考えるよ。…これは、俺からのプレゼント。」



にこりと笑ったジェイクの左腕が横一線に薙ぎ払われた。その笑顔はもしかしたら以前と同じものだったかもしれない。自分の記憶と照らし合わせようと彼に視線を向けたが、それは叶わなかった。ゆらりと歪む彼の顔。
コフ、と口から溢れたのは鮮血。ジェイクが薙ぎ払った剣には血が滴り、私の脇腹からは口から溢れたものよりずっと赤い血が噴き出した。

ジェイク、と呼ぶ声は溢れる血に濡れて発音する事すら叶わなかった。ああ、私は彼に脇腹を切り裂かれたのだ。すぐに理解した。痛みは無い。ただ、出血が酷い事は火を見るより明らかだ。足からは力が抜け、支えを失った体はあっけなく地面に倒れ臥す。うつ伏せに倒れた体はジェイクの足で蹴り転がされ、仰向けにされた。



「ちょっとジェイク、貴方やり過ぎよ。」

「大丈夫だって。痛みはどうせ感じない。それに、ほら。」



歪んだ視界の中で、もう一筋の赤を見た。ジェイクが自分の腕を斬り付けて血を出したのだと、うっすらと理解した。何故だろう、彼ならそうすると思ったのだ。カツコツとブーツを鳴らして近付いて来る彼は、やはり表情は読み取れない。ジェイク、ジェイク。名前を呼びたいのに、私は何て。
パタパタと降りかかるものはきっと彼の血液なのだろう。顔に掛かり、服を染め、そして脇腹の傷に数滴血が落ちた。途端に燃えるような熱さを感じて、喉が勝手に呻き声を上げる。ジェイクは喉元をククッと鳴らすと、益々血の雨を私に降らせた。



「ッあ、ぅ、ぐ、」

「はは、どうだ、苦しいか?」

「ジェ、い、ッ」

「ああ、返事なんか出来っこないか。」

「…ね、お姫。また、近い内に迎えに行くよ。」



エンヴィーの声は恋人に呼び掛けるそれのように耳元で甘く響いた。
床に広がる鮮血と共に意識も遠のく。それなのに脇腹の熱さはいつまでも私の意識をギリギリの所で繋ぎ止めていた。

もう一度だけジェイク、と小さく彼の声を呼んだ。コフ、と血が溢れるだけで彼を呼び止める事は叶わず、私を見下ろす瞳を感じる事しか出来ない。

熱さが引くと同時に私の意識も急速に絡めとられ、ピクリと動いた人差し指の抵抗を最後に、私の意識は闇の中へと堕ちていった。