08





「何でですか。」



私は大佐に詰め寄った。
確かに私は大佐の部下であるし、上司の命令に背けば軍法会議ものだということも重々承知している。それでも彼は部下である私に、まだ日が浅いとはいえ今までこんな無理難題を押し付けることなんてなかったし、だからこそ私も大人しく黙々と仕事をこなしてきたのだ。

それなのに、今私は彼に地獄行きの切符を渡されたかのように絶望していた。愕然としていた。「これはきちんとした辞令だぞ」、と爽やかな笑みと共に書面を見せ付けてくるこの上司を今すぐ誰かが射殺してくれないか、なんて不謹慎なことを考えた。いや、割と本気だ。



「だから、なぜですか。」

「なんでもだ。行きたまえ。」

「子どものお守りなんてハボック少尉に任せればいいじゃないですか。」

「おいおいおいーそれは聞き捨てならねーって、俺だって忙しいのよエルちゃん。」

「大丈夫です、ハボック少尉の有能さは私のお墨付きですから。」

「大佐は無能とか言うなよ!」

「大佐、反応し過ぎです。」

「とにかく!これは決定事項だ。命令に背いたら軍法会議にかけるが?」



にこにこにこ と、あくまで笑みを貫き通す大佐に、リザさんが大きく溜め息を吐いた。心中お察しします。そりゃ、私だって軍法会議にかけられたくはないし、仕事はきっちりこなしたいと思っている。しかもその現場が人語を理解するキメラを錬成した、いわば生体練成に詳しい、かの綴命の錬金術師宅だなんて、正直喉から手が出るほど素晴らしい現場であることは間違いない。私の読んだことのない資料が山ほどあるのだと考えるだけで胸が躍る。

ただし、その同行者が問題なのだ。むしろ、そこだけが問題なのだ。

縋るようにファルマン准尉に視線を向けたら逸らされた。フュリー曹長に視線を向けた。逸らされた。ブレダ少尉。逸らされた。ハボッ…逸らされた。リザさんは私の肩に手を乗せて諦めなさいと言わんばかりの苦笑いをくれた。そのチームワークは一体なんなの。



「大体、エルリック兄弟、主に兄が嫌がるに決まってます。」

「大丈夫だ。何とかする。」

「そういう問題じゃないです。」



堂々巡りとはまさにこのことだ。そして結局私は権力に屈してしまうことも彼は理解している。だから余裕のある笑みを浮かべ続けるのだ。その事実に少しだけ苛立ちを感じてしまうのは仕方がないってものだろう。

私が大佐に出された指令はただ一つ。エルリック兄弟をタッカー氏の家まで送迎し、彼らがタッカー氏宅に滞在中粗相のないよう見守る、いわば見張り役。子守り役ともいう。

確かに私はまだまだ軍人としてはひよっこだし、錬金術が出来たとしても国家錬金術師の資格を持っているわけでもないから大佐よりずっと地位は下だ。でも、だからと言って便利なタクシー運転手や乳母のような扱いを受ける謂われもないはずだ。

そりゃ、身寄りのない私にこれまで様々尽力してくれたのは他でもない、ロイ・マスタング大佐だ。その恩情を抱いているからこそ真面目に仕事をしてきたつもりだ。それなのにこの仕打ち。



「大体、何でそんなに嫌がる必要がある?近寄り過ぎない距離は得意だろう。」

「嫌味ですか。」

「いいや、嫌味ではないよ。ただ、君は我々にもある程度距離を取るからな。何が理由にせよ、あそこまで拒絶するのは珍しいと思ったまでだ。」

「(結局嫌味じゃないか)…苦手なんです。」

「苦手?」

「あの金の瞳、私には、強過ぎます。」



そこまで言って、怒られた子供のように俯く私に、大佐が困ったように笑って頭に手を乗せた。私を宥めるときにいつもするこの所作は嫌いではなかった。冷静になれと言われているような大きな手。彼はこの手で誰しもを拾い上げようとするのだ。
だから私はこの手を拒めない。彼に恩返しをする為にここまで来たのだから。

私情で駄々をこねるなんて子供以下だな、と小さく溜め息を零して私は背筋を伸ばして敬礼を送った。



「エル・マスタング准尉、これより任務に向かいます。」