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「ママは2年前に貧乏が嫌で実家に帰っちゃったんだって。パパが言ってた。」



ニーナが寂しそうに言うと、マスタング准尉がニーナの頭に手をぽんぽんと置いた。ニーナは嬉しそうに笑い、僕も少しだけ微笑ましい気持ちになった。

マスタング准尉は、僕達が資料を読んでいる間はニーナの相手をしていてくれる。そのおかげではかどっていると言ってもいいくらいだ。
ニーナはマスタング准尉にすっかり懐いたのかタッカーさんの家にいる間は四六時中べったりで、まるで年の離れた姉妹か母子のようだった。兄さんは嫌な奴だとか言っているけれど、僕は到底そうは思えなかった。ニーナが懐いているのが最もたる証拠だと思うのだ。

兄さんとの初対面は確かに印象が悪かったかも知れないが、兄さんの目つきは鋭いから怖がるのも無理はないと思う。兄さんには悪いけど。



「お姉ちゃんのママとパパは何をしている人なの?」



無邪気に尋ねるニーナに、マスタング准尉の本を捲る手が一瞬止まった。

僅かに強張った表情は、彼女にしては珍しい表情の変化だった。
兄さん曰わく、表情筋皆無女。言い得て妙だけれど、確かに出会ってからの数日間、彼女が表情筋を動かしたところを見たことがない。

笑いも怒りもしない。もしかしたら楽しいだとか煩わしいだとか感じているのかもしれないが、彼女の表情に変化が起こることはなかった。それはまるで人形のような。感情を忘れてしまったかのように無表情だったのだ。

僕はまず、彼女の表情に僅かながらでも変化があったことに安堵した。失礼な話だけれど、彼女にも感情というものがあるのだと、ひどく安心した。

そしてその変化に気付いたのは僕だけではなくて、兄さんも同様だったようだ。兄さんはアレキサンダーと遊ぶふりをしてちらちらと様子を窺っていた。(わかりやすいなー。) 



「ママとパパは、いない。」

「お姉ちゃんは、さみしい?」

「…ニーナは、ママがいなくてさみしい?」

「…うん…、さみしい。」

「…そう。ニーナが、ママがいなくてさみしいと思えるのは、ママとの楽しい思い出がたくさんあったからだろうね。私にはそういう思い出が無いから、さみしくない。」

「んー?」

「…大人になったら、きっとわかるよ。」



本を閉じて、鬼ごっこでもしようか、とニーナを誘うマスタング准尉。

先程の意味深な言葉を気にするなとでも言うように、僕と兄さんもそれに誘ってきた。彼女に聞きたいことはたくさんあった。きっと兄さんも。
しかし、マスタング准尉本人の空気が、言外に言っているのがわかった。深く入り込んでくるな、と。彼女は口では何も語らず、僕らを制止したのだ。

両親がいない、母親がいない、というキーワードは、僕らを反応させるには十分過ぎるキーワードだった。東部の内乱で親を亡くした子供はたくさんいる。僕らの幼馴染もそうだ。
そう、彼女もその1人かもしれない。それなのに、今僕は一つの可能性を見出している。

マスタング准尉は錬成陣無しの錬成が出来る。研究内容は生体錬成。そう聞いていたので、尚更なのかもしれない。

ああ、もしかしたら、そういうことなのかもしれない。彼女は、僕らと一緒なのかもしれない。その答えに行き着くのに、そんなに長い時間はかからなかった。兄さんもきっと気になっているんだろう。兄さんはマスタング准尉の錬成を間近で見たのだから、僕より早く気付いたはずだ。

僕達は、同じ穴の狢かもしれない、と。