青天の霹靂ってこういうこと?

いつも私達は毎週金曜日の夜に会社から離れていて、かつ2人の家の中間地点の駅の少し小洒落た洋風バルで待ち合わせをしている。うるさ過ぎず、静か過ぎず、万が一会社の人に見られても誤魔化しがきくからと、付き合って間もなく彼が見つけてきたお店だった。

2人揃ってこのお店のフォアグラとコンビーフのパテがお気に入りで、バゲットを何回もお代わりしてしまい、店長からもうバゲット売り切れだよ、と言われたこともあった。

私はカンパリソーダ、彼は生ビール。これがいつもの乾杯ドリンクだ。いつも通り小さくグラスを鳴らして乾杯が終わり、お通しの器に入った、マッシュルームとジャガイモのたっぷり入ったスパニッシュオムレツをちまちまつまんでいる時に、彼は言ってきた。別れて欲しい、と。



「え?」

「だから。別れて欲しいんだ。」

「何、いきなり。」

「俺、結婚するんだ。」

「・・・えーと?誰と?」

「それは今はいいだろ。まあ、美歌の言いたいことは分かる。俺もお前ほど楽に付き合える女いないと思ってるし、付き合いも長いから情だってある。お前のやりきれない気持ちだって俺はわかってるつもりだ。

俺のこの気持ちは一時の気の迷いと言われるかもしれないが、そうじゃない。相手が妊娠したし、責任を取るためにも、彼女を幸せにするためにも、結婚しようと思ってる。きっとそれが、俺が生まれてきた意味だと思うんだ。なあ、美歌ならわかってくれるだろ?」

「じょ、」

「じょ?」

「情報過多!!」



私の言い方が面白かったようで、彼の口元が少しだけにまっとする。いやいや、そうじゃない。そうじゃあないでしょう。今はそのタイミングじゃないでしょう。私もちょっと言い方間違えたなって思ったけど、貴方は決して今笑っていい立場じゃないと思うんだよね、うん。

ということはなんだ?私とお付き合いしているこの3年弱の間にいつの間にやら浮気をしていて?その浮気相手が妊娠して?結婚する?

え、それなんて昼ドラ?

ぐるぐる思考する私の頭とは裏腹に、カンパリソーダのグラスにささったオレンジ越しに深く項垂れた彼の頭頂部が差し出される。あ、つむじに白髪発見。なんて、謎に冷静な思考回路であることに気付いた。きっと私はもうこの状況をなんとなく受け入れているのだ。



「それって決定事項ってことだよね。妊娠しちゃってるんだもんね。」

「ああー・・・、うん、まあ、そういうことになる、かな。」

「そっか、うん、じゃあ仕方ないよね。私達はじゃあ、お別れってことで、うん。」

「ありがとう、美歌ならそう言ってくれると思ってた!美歌っていつも俺の言う事にNOって言ったことないもんな。本当に優しい奴って、俺は知ってるから!絶対幸せになれるよ!」

「え、あ、うん。ありがとう・・・?」

「美歌、お前も幸せになってくれよ。俺、お前が幸せになるの、ずっとずっと、祈ってるから。」



いやいやいや、うーん。それは貴方が言うことじゃないかなー。

カランッ。濃いピンク色のカンパリソーダの氷が小気味のいい音を立てた。

・・・あ、おしまいの音ってこんなに呆気ないもんなんだ。




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