「うーん。婚約してたわけじゃないし、さすがに堕ろせとか言えないしねえ、仕方ないよ。」
「あんたって本当優しいんだかなんだかわかんないけど、とことんおバカな子ねぇ。ビンタの1つもくれてやれば良かったのに!」
「あ、その手があったね。盲点。」
「本当にボーッとしてるんだから・・・!」
3年付き合った彼とあっさりお別れをして、私は高校時代の先輩、サッカー部のエース田中正樹先輩こと、まぁちゃんの営む会員制のバーで飲み直しをしていた。
高校時代カッコイイと持て囃されていた田中先輩は、体育祭の応援団で1度同じになったくらいでそこまで親交が深いわけじゃなかったけど、(先輩と後輩だしね。)入社して初めての案件の打ち上げで社長にこのお店に連れて来てもらった事がきっかけで親交が復活した。オネエになってたのにはちょっとびっくりしたけど。元々がイケメンだから、女の子の格好をしててもとっても美人。神は二物を与えた。
お酒はあんまり強い方じゃないんだけど、なんだか今日は真っ直ぐ家に帰るのが憚られたのだ。ほら、華金だしね。結局いつものお店は1時間しないでお会計しちゃったからお腹空いてるし。
まぁちゃんが拵えてくれた「最ッ高の合鴨スモークなんだからね!」をつまみに「渾身のカシスソーダよ!」をちみりちみりと飲みながら、今日あったことをぽつぽつ話すと、私以上にまぁちゃんが怒ってくれて何だかちょっとスッキリした。先人も言っているけど、持つべきものは友だ。
「ねえ、美歌、知ってる?カクテルにも花言葉みたいにカクテル言葉があるのよ。」
「そうなんだ。」
「カシスソーダはね、『あなたは魅力的』。そんなクズみたいな男は忘れてさっさと次の男探しなさい。」
「まぁちゃん・・・ありがとう。でもしばらくはいいかなあー。」
「おバカ。諦めるの早過ぎるわよ。あんた何歳よ。」
「ねえ、まぁちゃん。私ね、なんとなく彼と付き合い始めたけど、たぶんそこまで好きじゃなかったのかもしれない。
学生の時って、好きな人におはようって言えただけで今日は最高〜とか思ったし、人生全部賭けたってくらい部活にも打ち込んだし、でも高校卒業してなんとなく過ごしてたらいつの間にか20歳になって、そのままなんとなく大人になったら、そういうの全然無くなっちゃって。
だから、しばらくはいいの。なんとなく過ごしてたら、また何か始まるんだと思う。」
「・・・まあ、美歌がいいなら、いいわ。」
「うん、ありがとう。」
しんみりしてしまった空間で、私はまたちみりちみりとカシスソーダを飲む。貴方は魅力的。まぁちゃんはそう言ってくれたけど、友達の欲目が存分に出ていると思う。
なんとなく、それとなく。それは大人になった私の処世術だった。そうしていれば何があっても傍観者でいられたし、傷付くことも少なかった。長年付き合った彼と別れたのはそれなりにダメージはあるけど、思っていた程のものではなかった。
胸がちぎれそうとか、苦しくて死にそうとか、泣きわめいてしまいそうとか、そんなことも無く。こうやって、どんどん色んな感情に鈍感になっていくのかな。これが大人になるってことなんだろうか。
カシスソーダが少しだけ苦く感じるのは、何故だろう。