カラコロカランと始まりの鐘

ふと腕時計を見たら、なかなかいい時間になってきていた。そういえばこれも2年前のクリスマスに彼から貰った時計だな、と考えてちょっとだけ嫌な気持ちになる。きょろりと周りを見回すと、いつの間にかボックス席にもカウンター席にもお客さんは私以外誰もいなくなっていた。い、いつの間に。

カラコロカラン、と扉の上のドアベルが鳴り、新たなお客さんの来店を告げる。いらっしゃーいとゆるい挨拶をしながら顔を上げたまぁちゃんがパッと顔を明るくした。



「れいちゃん!久しぶりじゃないの!」

「お疲れちゃーん、やっと仕事がひと段落したから会いに来たよーん!はい、これお土産!」

「あらやだ、ありがとう。」

「お姉さんお隣大丈夫?」

「あ、どうぞ。」

「どうもー。まぁちゃん、ハイボールの1番美味しいところ頂戴!」

「はあい。美歌はどうする?」

「うーん、どうしよう。もう1杯飲みたい気もするけど、今日はそろそろ帰ろうかなあ。」



グラスから顔を上げると、私の左側のカウンター席に座ったお兄さんが左手に頬を乗せて私の方に体ごと向き直っていた。色付きのメガネを掛けているからレンズの奥の瞳は見えないけれど、口元には柔和な笑みを浮かべていて、白いシャツにチャコールグレーのベストと同じ色のスラックス、贔屓目無しにスマートでカッコイイ人だと思った。思わずじい、と顔を見てしまうと、お兄さんがレンズの奥で僅かに目を見開いたような気がしたけれど、すぐにパッと笑みが深くなった。あれ、今のは気のせいだったのかな。



「お姉さん良かったら1杯付き合ってよ。れいちゃん奢っちゃうよーん!初めましてのご挨拶ー♪」

「えー、うーん、じゃあ、もう1杯だけ。」

「やったー!何飲む?何飲む?なんでも作っちゃうよー!」

「ちょっと、作るのはあたしじゃないの。」

「あはは、たしかに!普段は何飲むの?やっぱりカシス系のカクテル?」

「私あんまりカクテルとか詳しくなくて。でもビールは苦くて飲めないからまぁちゃんに適当に作ってもらうことが多いですね。あ、でもカンパリは結構好きかもです。」

「ほうほう!じゃあアメリカーノとか好きかもしれないね!まぁちゃんよろしくー。」

「やーだ、れいちゃん、この子あたしの大事な親友なんだから口説かないでよー?」



そう言われてれいちゃんさんはワタワタと手を振る。誤解だよ誤解!苦笑いを浮かべるれいちゃんさんにまぁちゃんがジト目を向ける。2人にしかわからない話で、はははと愛想笑いをこぼした。まぁちゃんがこちらをチラリと見て、小さくため息を吐く。



「美歌、いいこと?アメリカーノのカクテル言葉は『届かぬ思い』。つまり初対面でお互い名前すら知らないから僕のこの思いは貴女に届かないでしょうねーみたいなヤリチン発想のオーダーってことよ!」

「ほう。」

「ちょ、ちょ、まぁちゃん!誤解だってばー!お姉さんも席移ろうとしないで!れいちゃん泣いちゃうっ!」



オーバーリアクション気味に涙をぬぐう動作をして、その度に外ハネ気味の茶色い髪がぴょこぴよこと跳ねる。うん、まぁちゃんが好きそうなタイプだ。なんて言うんだっけ、こういう人。クラスで中心にいるような明るい、あれだ。



「わかった、パリピだ。」

「パリピ?!」

「美歌、あんた意味もわからず流行語使うのやめなさい。」



- 表紙 -