英語の授業が終わるころには、昨日の放課後のことで頭がいっぱいだった。
ちょうど迎えた昼休み。
お弁当を持って友人の机へ行くと、今日は教室で食べない?との提案がなされた。
擦れ違えるかもと淡い期待を抱いていた私は、それを振り切ると、自分の椅子を持ってきて友人の隣に座った。
昨日のテレビの話で盛り上がる傍ら、私はちらりと校庭を盗み見た。
校庭では上級生たちが中心になって、サッカーや野球や鬼ごっこをしている光景が映る。
部活動の練習だったり友人と遊んでいたり、さすがに広い校庭だから色々なグループが利用しているのだ。
その中に混じっているのでは、なんて根拠のない期待を持っていた。
盗み見るのはもちろん、しっかりベランダに出て校庭を見ても、彼がいるかなんてわかりっこない。
…そろそろ落ち着かなくては。
私は今までの気持ちを振り切るように意識を友人の声に集中させ、会話に加わった。
放課後。
どうして昨日の一連の出来事にこんな心惹かれるのだろう。
私は何を期待しているのだろう。
心の中には小さなもやもやが残っていた。
友人は用事があるから!とばたばた教室を出て行ってしまい、今日はそれぞれで帰ることになった。
ちょうどよかったかもしれない。
自分の心にこうしたつっかかりがあると相手の話にうまく反応できない。
結局昼休みの話も、上の空で聞いてしまっていたのだ。
どうしようか。
ちょっとウィンドウショッピングに行ってみようか、まっすぐ家に帰ろうか、公園に行こうか…。
すぐ家に向かうのも味気ないな、なんて思いながら教室を出る。
まだ放課後になってから時間も経ってないから、教室の中も廊下も賑やかだ。
隙間を縫うようにして廊下を通り抜け、下駄箱までたどり着く。
(……よし、ちょっと街中に行ってみよう)
ウィンドウショッピングをしようと決めると、少しすっきりした気持ちになった。
ちょうど欲しい雑貨があったのだ。
靴に履き替え校舎に出る。
校門を出て帰路とは逆方面へ進むと、昨日駆け抜けた光景が嫌でも思い出される。
だから、
「倉田!」
苗字を呼ばれても、すぐ反応することができなかった。
初めの呼びかけに反応がなかったから、その人物はもう一度私を呼んだ。
「倉田、ちょっと待ってくれ」
「……新堂さん…?」
昨日のことを思い出していたから、幻かと思ってしまった。
だから私を呼ぶ声もその姿も、すぐに受け入れられなかったのだ。
まだ戸惑いを残す私に、新堂さんは続けた。
「今、時間あるか?」
「は、はい…」
「じゃあ昨日の公園まで行こう」
ついてきてくれ、という言葉に従わない理由はない。
私は新堂さんの後についてゆっくり歩きだした。
心を落ち着かせるためにそっと深呼吸をする。
新堂さんは昨日と同じ体操着姿でいる。ランニングを始めるところだったのだろうか。
ようやく事実を受け入れられたとき、私たちは公園へたどり着いた。
昨日座ったベンチに、また同じように腰掛ける。
急に悪いな、と断りを入れながら、新堂さんは続けた。
「ちょっとお前にお願いしたいことがあってな」
「私に…ですか?」
「ああ」
昨日知り合ったばかりの私にお願いしたいことってなんだろう?
彼は一呼吸置くと、こちらに顔を向けた。
昨日は目の前のことでいっぱいいっぱいだったからか、新堂さんの顔を初めてまともに見た気がする。
細目に整えられたまっすぐな眉と切れ長の目。
意図せず目が合ったが、それでも怖さは一切感じなかった。
「お前、俺の自主練に付き合ってくれねえか?」
「練習に…付き合う…ですか?」
「ああ。昨日追いかけてきたお前の体力と根性を買ってな」
思いがけない言葉に、新堂さんの言葉を繰り返すのがやっとだった。
昨日はとにかく必死で、新堂さんを追いかけることしか頭になかったのだ。
それを買って、という話に、気恥ずかしさがこみ上げる。
「もちろん俺の個人的な依頼だ。都合が悪ければ断ってもらって構わない」
「いえ、やらせてください!」
彼の言葉尻を遮るような勢いで、私はその申し出を快諾した。
その剣幕にも驚くことなく、新堂さんは軽く笑いながら説明を始めた。
晴れている日の放課後、学校の周辺をランニングしていること。
私にはそのタイム計測と練習フォローをして欲しいこと。
毎日ではなく、都合のいい日に来ればいいこと。
一瞬これは現実なのだろうかという考えが過ぎってしまうほど、魅力的な話だった。
「まさか二つ返事で受けてもらえるとは思わなかったぜ」
「私なんかで良ければ…」
「充分すぎるぜ、これからよろしくな」
「はい!」
公園で二人だけの会合。
私と新堂さんの朧げな関係が、確かなものになった瞬間だった。
放課後サミット
その会合を経て、私の高校生活は色鮮やかに変わり始めた。