幼さの残る捨て台詞



屋上での邂逅を経て、私と風間さんは顔見知りになってしまった。
以来、見かけるたびに風間さんはやあ、とか今日もいい日だね、とか一言二言声をかけてくるようになった。
こんなに膨大な数の生徒がいる中で、一度ならず二度三度と会うこと自体が奇跡に近いのだが。
彼は何かしらの能力があるのだろうか?それとも自分の運がないだけなのだろうか?

ちなみに一言二言は比喩ではなく、本当に一言か二言だけやり取りをするのだ。
いわゆる中身のない会話、というやつ。
「今日もいい日だね」はもちろん「今日の僕は運勢が良いんだ」「登校途中に黒猫を見かけたんだよ」「今日の夕飯のデザートはシュークリームさ」等々、本当にどうでもいい風間さんの情報を付け加えてくる。
はじめはどう返していいかわからず、おまけにすれ違いざまに言われるものだから「そうなんですか」と答えるのが精いっぱいだった。
しかし人間慣れてしまうもので、それが頻繁に起こると軽い会釈だけ返すようになった。
それでも彼は変わらず、見かけるたびに同じやり取りを続けている。

「恵美、あの人と知り合いだったの?」

ある日、移動教室で一緒にいた友達にそう問いかけられた。
つい先ほど、偶然出会ってしまった風間さんといつものやり取りを交わしたのだ。
隣でぽかんとした顔をしていたと思ったら、少し声を潜めながら距離を詰めてくる。

「んー…最近ちょっとね」
「風間って人でしょ?気を付けた方がいいよ」
「どういうこと?」

え、やっぱりそうなの?と出しかかった言葉を飲み込み、シンプルに返答する。
別に風間さんに気を遣うこともないのだけれど、友達が眉をひそめているので、余計な発言はしないようにした。

「女たらしとかナルシストとか変人とか人外とか、まあ色々言われてるらしいの」
「ずいぶんな形容詞だね」
「私の部活の先輩の友達が同じクラスなんだって。私はあの人のこと知らないけど…」
「とにかく変わってるってこと?」
「そうみたい」

純粋な正義感から忠告してくれた友人の優しさに感謝しつつ、風間さんへの印象がますます朧気になるのを感じた。
ただの顔見知りだよ、と笑って言うと、何かあったらすぐ言うのよ、と頼もしい返答をくれた。
大丈夫。
ただ挨拶をするだけの間柄だから。



「…………」
「やあ、また会いに来てくれたんだね」

そう思っていたのだけれど。
どうやら私は結構運が悪いらしい。
お昼休みは友達が部活の先輩たちとご飯にするというので、珍しく自分一人の昼食になった。
屋上に風間さんがいるだろうと見て、私はそこを避け校舎の外に出た。
中庭には鯉や金魚、亀を飼育している池があり、そこは一種の庭園のような作りになっている。
ベンチがいくつか設置されていて、ただの高校に何でこんな立派なものがと思うのだけど、たまに一人の時はここでお昼休みを過ごしているのだ。
つまり私のお気に入りスポットなのだけど。
なぜ彼がそこにいるのか。
数あるベンチの中でも私がいつも使っているベンチがある。
そのど真ん中に彼は腰かけ、優雅に足を組んでいた。
まるで私が来るのを待っていたかのように。

「………」
「どうしたんだい、とりあえず座るといいよ」

彼は端に座り直すと、空いたスペースを手で払って、どうぞと手のひらを向けた。
立ちすくんでいた私はそのまま去ることが出来ず、言われるがまま腰を下ろした。

友達から言われた風間さん評を思い出す。
その一方で、彼は特に何も言い出さない。
手にしたおにぎりをむしゃむしゃと頬張っている。
私も持ってきたお弁当を広げ、黙々と食べ始めた。

傍から見ると勘違いされそうな状態だが意外と人通りは少ない、というか誰も通らない。
食事中は喋らない主義なのだろうか、風間さんは自分の昼食を食べ終えても、私に声をかけてこなかった。
普段友達と話しながらゆっくりお昼ご飯を食べているから、勝手が違って落ち着かない。
一人で食べているときと食べ方は変わらないのだけど、やはり隣に人がいると、その人がそこまで仲良くないと、さらに言えば風間さんだと、どうしても意識してしまう。
いつもより早くお弁当を食べ終わり片付けると、隣から欠伸をする声が聞こえた。

「……あの」
「うん?どうしたんだい?」
「どうしてここにいるんですか」
「ふむ、それは難しい質問だ。気分だった…という答えでは不満かい?」
「い、いえ」

風間さんの独特な言い回しに戸惑ってしまう。
確かに私がここに来たのも気分だ。
でもそうじゃないというか…。
調子が狂って自分の言いたいことがうまく言葉にできない。
そんな私にお構いなしで、彼は続ける。

「お弁当、自分で作っているのかい?」
「はい、まあ…」
「ほう、えらいじゃないか。でも……」

口元に手を添え何か考える素振りを見せた後、改まったような姿勢でこちらに向き直った。

「量が少なすぎるんじゃないかな?あともう少しバランスを考えた方がいい。ビタミン系が不足していると思うね。あと色合いも」
「———っ!」

まさかの自作弁当批評に、頭に血が上るのがわかった。
がばっと立ち上がると勢いそのままに彼に振り返って、

「ばーかっ!」

自分でも思いがけない台詞を吐き捨てていた。



幼さの残る捨て台詞



教室まで走って戻る間、顔の熱は冷める気配がなかった。



EHL.