柄じゃないんだけどごめんね、と一言呟くと、風間さんは近くの木に寄り掛かるように座り込んでしまった。
本当に風間さんらしくない、地面と木にべったりと体重を預けると、憎らしそうに夜空を見上げている。
その顔には汗がにじみ、首筋を伝っているのも見える。
どうしたのだろう、風間さんが汗をかいているのも初めて見たかもしれない、目の前の出来事に焦り始めた私の思考は、一瞬で凍り付いた。
…風間さんの髪が、白銀に輝いている。
その光景に声も出ず、ただ見つめることしかできない。
そして風間さんがそっと開けた目と視線がぶつかる。
真っ赤に濡れた瞳がまっすぐに私を捉えていた。
これは…
「風間さん!」
「そんなに大きな声を出さなくても、聞こえているよ」
力なく笑う風間さんの表情と台詞に、若干の苛立ちが生まれる。
<羅刹化>……それはつい先ほど聞かされた症状そのものだった。
血が欲しくて堪らなくなる、その衝動を抑えるのは並大抵のことではないと。
その渦中にいるはずなのに、どうしてこんなに平静を装おうとしているのだ、この人は。
必死な私と対照的に、僅かな微笑みを湛えながら座る風間さん。
大量の汗を差し引いても、普段とそこまで変わりないように思えてしまう。
私が何とかしなくては。
そう気を強く持った時、もらった小瓶の存在を思い出した。
…羅刹化してしまった時、変若水を使えばその発作が収まるのだという。
懐からその小瓶を取り出すと、風間さんもそれを認識したらしく、小さく笑うような声が聞こえた。
「…これを、飲んでください」
「少し休めば、落ち着くよ」
「その状態で言われても説得力ありません!」
今にも地面に倒れ込んでしまいそうなほど、風間さんは力なく木にもたれかかっていた。
風間さんの言葉を無視するように小瓶の蓋を開けて、手元に差し出した。
「苦しくて仕方ないんでしょう?」
「否定はできないかな」
「これを飲めば、楽になりますから…!」
半ば懇願するように訴えると、普段なら笑い飛ばす風間さんがゆっくりと口元を歪めた。
…やはり、それほど状態は良くないのだろう。
ようやく伸ばされた風間さんの右手は、小瓶ではなく私の左手を掴んだ。
「………?」
「恵美ちゃんが、口で、飲ませてほしいな」
「なっ……!」
こんな時に何を言っているんだこの人は。信じられない。
表情は少し微笑みを浮かべた、はじめのそれに戻っていた。
「体を動かすのも、正直、しんどくてね」
「でも、そんな…」
「僕のお願い、聞いてもらえないかな」
私を見つめる風間さんの頬を、汗が一筋流れていく。
風間さんの要求と見慣れない髪の色、私を射抜くような赤い瞳に、心臓は風間さんに聞こえるのではというくらい大きな音を立てていた。
「恵美ちゃんにしか、できないことなんだ」
「………………わかりました」
その一言に負けた私は、膝立ちで風間さんに近づいていく。
目前に見る風間さんの顔色は、髪と変わらないと錯覚するほどに白かった。
わずかに開いた口から弱々しい吐息が漏れている。
額の汗で髪は張り付き、とても平気とは思えない有様だった。
「…風間さんは、ばかです」
「はっ、ひどいなあ」
「強がらないでください」
ふう、と大きく息を吐くと、手元の小瓶を凝視する。
月の光に反射して、揺らめく水面は風間さんの瞳と同じ色に輝いている。
口に入れることに抵抗はない。
風間さんに飲ませてあげることも……
覚悟を決めた私は小瓶の液体を半分口に含むと、躊躇わず風間さんに唇を重ねた。
一滴も零さぬよう、意識を口元に集中させる。
ごくりと風間さんが変若水を飲み込む音を聞くと、そっと口を離した。
間を開けずもう半分を口に含む。
そして風間さんに顔を近づけようとした時、風間さんに引き寄せられるように口づけをされた。
片腕は私の腰に回り、もう一方は私の後頭部を優しく撫でている。
突然の風間さんの行動に焦りながらも、残りの変若水を飲んでもらうと、使命感から解放されたような安心したような気持ちになった。
…しかし、体は風間さんに拘束されている。
変若水を飲んでもらったからもう大丈夫…のはずが、腰を撫でる手は止まらず、後頭部に添えられた手は離れる気配もない。
何より彼の口づけが、止まってくれない。
ごくりと目的の物を飲み込むと触れるだけのキスをし、それから啄むように唇を食む。
何度か繰り返されたと思ったら、おもむろに口内を彼の熱が蹂躙する。
抵抗もできずされるがままで、息苦しさと脳が痺れるような感覚に襲われる。
彼の手が腰から胸に伸びた時、大きく跳ねた鼓動と気恥ずかしさから、とっさにくぐもった声で拒否反応を示した。
ゆっくり離れた風間さんの顔は、若干不服そうな色を浮かべていた。
「何してるんですか!」
「恵美ちゃんへのお礼の気持ちを」
「なっ…」
「嫌じゃないでしょ?」
ニヤニヤと笑う風間さんの外見は、普段見慣れたものに戻っていた。
発作が収まって良かったという気持ちとふざけないでほしいという気持ちがない交ぜになり、私はふてくされた。
「怒らないでよ」
「風間さんが変なこと言うからですよ」
「感謝しているんだよ。ありがとう」
そう言って私の頭を撫でる風間さんは穏やかな表情を浮かべていた。
「お願いだから…」
「なんだい?」
「強がらないで、つらいときはもっと頼ってください」
いつもの聞こえない振りか、私の真剣な声色に思う節があるのか。
私が背中に投げかけた言葉を、風間さんは黙って受け止めた。
沖○さんかなと思ったけど、書いていたら原○さんも割り込んできた