したたかなきみの敗北



突然の、予想外の出来事が起こった時、その人の本性や実力がわかるという。
君はどうだった?
僕は………。



今日も屋上でぼんやりと景色を眺めていた。
これまでと変わりない学校生活を送っているはずなのに、どうも物足りないような、うつろな感覚が抜けない。
満たされていない感じ。普段は常に頭を回転させているのに、最近は気が付くとぴたっと止まってしまう。
…まったく、僕らしくないな。
原因はぼんやりとわかっているけど、自分から行動を起こして何とかしようという気持ちにもなれない。

これは、いわゆる五月病というやつかな?
そうに違いない。
人間は面白いもので、どんなに悪い物事でも名前さえ付けてしまえば、一気に安心する生き物だ。
僕の胸に漂う悶々とした感情は、五月病という単語ですっと晴れていく気がした。
自分の単純さについ鼻で笑ってしまう。

それと同時に、屋上の扉が開かれる音がした。



風間さんに会わなければ。
半ば使命感と化した決意を胸に、放課後の校舎を彷徨う。
会った時にどうしようなんて悩み続けていたが、あの日々で思った通りに行ったことがあっただろうか?
あの頃だってどれも会うことを想定していなかった。結局状況は同じなのだ。
そう自分に何度も何度も言い聞かせ、目と足を動かす。
放課後の校舎に風間さんが残っているかはわからない。
どこかにいるかもしれないし、もう帰っているかもしれない。
それでももうこれ以上じっとしていられなかった。

一階、二階と歩き回る。
一階を探すついでに外も見てみたが、見える範囲には彼の姿はなかった。
例の池には女の子二人組が並んで座り、談笑しているほかは誰もいなかった。
三階。まばらな人影を目で追うが、風間さんではない。
あとはどこを探せばいいだろうか…。
屋上でも一度会っているから、屋上の可能性はゼロではない。
ひとまず屋上を見て、それからまた降りていけばいいか。
すたすたと階段を上り、屋上の扉の目の前まで来たとき。

「……あっ……」

小窓から一瞬男子生徒の姿が見え、鼓動が高鳴る。
間違いない。風間さんだ。
胸に手を当て、一度大きく深呼吸をする。
最後に会ってからどれくらい経っただろうか。
緊張で全身が強張るのがわかる。
大丈夫、まずは会って話をしてみなければ。

音をたてないようにそっと扉を開けてみると。
想定していない光景が目に入ってしまった。



クラスメートではないから名前は知らなかったけど、相手は僕を知っているのだという。
ポニーテールを時々揺らしながら、目の前の女の子は満面の笑みで僕との距離を詰める。
うーん、ちょっと苦手かなあ。
基本的に女の子はみんなウェルカムなんだけど、ちょっと今の僕には、彼女とコミュニケーションをとり続けることにいささか抵抗があった。
矢継ぎ早に話を続けるそのパワーにとにかく圧倒されていた。
彼女の圧力か、肝心の話の内容が頭に残っていない。
僕がかっこいいとか紳士だとか、そんな感じだったかな?
うん、当然だと無意識に聞き流していたかもしれない。

「また今度、一緒に帰りながら話そうか。今日はあいにく都合が悪くてね」
「明日、待ってます!」

彼女は見開いた眼をさらに輝かせながら、歓喜の声を上げている。
…悪い気分ではないな。
悲しいかな、僕も現金な男だよ。
おいしいケーキのあるカフェへ行きましょうとか、駅前に買い物に行きましょうとか、そんなことをまくし立てていた気がする。
まあいいか、たまには。
最近あまり女の子たちと過ごしていなかったしね。
彼女はまた明日!と、ぶんぶん右手を振って駆けていった。
嵐が去ったかのように、周囲は一気に静まり返った。

そのお陰と言うべきか、そのせいと言うべきか。
彼女が走り去ったときに開け放たれた屋上の扉の、ぎいいという音が妙に耳について、その方を見やった。

一瞬、女の子と目が合った。
いるはずがないと思い込んでいた。
あ、と声が漏れる前に、その姿はなくなっていた。



とにかく学校から外に出たかった。
段飛ばしをしながら一気に一階まで下りてくると、その駆け足のまま校門を飛び出した。
私はきっと勘違いをしていた。
友達の話を失念していた。

『女たらしとかナルシストとか変人とか人外とか、まあ色々言われてるらしいの』

気を付けた方がいいよ、と。
友達が忠告してくれていたのは、このことだったのだろうか。

女の子らしい、明るくて元気な人だった。
明日デートするらしい。
そうだよね、風間さんは、それくらいするよね、あの人すごくうれしそうだった…。

気管全体が冷えたような乾燥したような、とにかく呼吸が続かなくなってきた。
それでも立ち止まったらその場に倒れ込んでしまいそうで、無心に自宅へ足を動かした。



勝負に負けたような、惨めな自分をただただ責め続けた。
理由もわからないままに。
そんなことをしても仕方ないのに、そうせずにはいられなかった。



EHL.