私の後悔は少々の時間を経て、過去形に変わりつつあった。
すれ違った先輩への小さな嫉妬。
その嫉妬からの、自らへの自責。
過去形になっていっているはずなのに、風間さんへの気持ちは膨らむばかりだった。
どうしたらいいの。
どうしたら楽になれるの。
このままだと、もっと醜い考えが生まれてしまいそう。
誰も風間さんに近づかないで、なんて…。
自分から生じる感情は、徐々に私を戸惑わせていく。
恵美ちゃんと最後に会ってから数週間経つ。
彼女はあの日屋上にいた。
一瞬目が合ったとき、驚いたような悲しそうな顔をしているように見えた。
それ以来、彼女に避けられているかのように、廊下ですら見かけることはなくなった。
それでも僕は、彼女に会わなければ。
小さな決心を胸に放課後を待つ。
もしかしたら彼女は僕に会いたくないのかもしれない。
それでも僕は。
そして訪れた放課後。
僕は平静を装いながら、急いで教室を出て校門へ向かった。
久しぶりに見かけた後ろ姿は、早足で校門を抜けていく。
まさかすぐに彼女に遭遇できるとは。
その驚きをすぐに振り切り、追い付こうと駆け出した。
「恵美ちゃんっ」
もう聞けないと思っていた、彼の私を呼ぶ声。
私の聞き間違いだと思ったけど、すぐ後ろで大きく呼吸する気配がして、現実なのだと実感した。
どくんどくんと心臓が大きく跳ねる。
嬉しさより自分の感情の醜さが先行して、あれだけ言い聞かせていたのに、素直さはこんな時に限って鳴りを潜めてしまっていた。
どうしたらいいかわからず、歩みを止めて次のアクションを待つ。
本当は今すぐ駆け出してしまいたかった。
あれ以来私の感情はぐちゃぐちゃで、時間を経た今、あの時の先輩への劣情までが形になろうとしてしまっている。
そんな状態でどう彼と向き合えばいいのか。
心の準備も時効が過ぎて、頭が真っ白になっていた。
息を整えると、風間さんはそのままの距離を保ちながら言った。
「…もし君が良ければ、少し話さないかい?」
「……風間さんが、よければ」
やっとのことでその一言を伝えると、近くの公園へ行こう、と誘われた。
風間さんの背に続くように、静かに公園へと向かう。
久しぶりに見る彼の背。
安心感より緊張や負の感情が勝り、すぐに視線は地面へ移ってしまった。
公園には誰もおらず、僅かな風が草木を揺らす。
私たちは端にあるベンチに並んで腰かける。
お昼ご飯を一緒に食べた日が思い出された。
その時より少し距離が開いている気がする。
しばしの沈黙。
それを破ったのは、意外にも私だった。
「…どうして、声をかけたんですか」
「君と話がしたかったからさ」
「…どうして」
再び、沈黙。
恐る恐る顔を上げると、彼の真剣なまなざしと視線がぶつかった。
普段のにこにこした顔ではなかった。
何の話か予想できず、見慣れない表情も相まって、顔を見ていられず膝に目を落とした。
「彼女さん…に、怒られちゃいますよ」
やっとのことで呟いたが、語尾が震えてしまった。
口にすると、自分が認めていることになるから。
それでも言わずにはいられなかった。
今の私の、一番の本音だから。
「彼女?」
「っ……屋上で、告白されて、デートも行ってたんじゃ、ないんですか」
ぽたりと手の甲に、堪え切れなかったものが零れる。
泣いてしまっては風間さんを困らせてしまう。
でも押し殺していた感情が漏れ出るような、胸のざわつきが抑えられない。
「僕はね、恵美ちゃん」
そんな私の中に沁み込んでいくような、とても穏やかな声色で、彼は私の名を呼んだ。
「僕は、君と、一緒にいたいんだ」
「………!」
…信じられなかった。
自分の気持ちを言い当てられたのかと、反射的に顔を上げる。
私の心を読まれたのかと。
目の前の彼は、少し眉頭を寄せている。
「勘違いさせてしまって、申し訳ないと思ってる。けれどあの子は彼女ではないんだ」
「………」
「あの日以来、恵美ちゃんと会わなかったよね。寂しかった。会いたいのに会えなくて、それでいてあの子との約束を守らなければならない。それが嫌だった」
「…嫌だった?どうしてですか」
風間さん自身が望んだことだと思っていたのに。
そんな私に、風間さんは一瞬間を開けた。
小さく深呼吸しているようにも見えた。
「それは僕の本心ではなかったからさ。…僕は、君と一緒にいたい。ずっとそう思っていたのさ」
「…どうして」
両目を涙がとめどなく伝う。
今日何度目かの同じ問いに、彼は柔らかく微笑んで言った。
「僕はね…君をもっと知りたい。僕のことをもっと知ってほしい。もっと言えば…僕のことだけ見ていてほしいんだ」
まったく、おなじだった。
私が悩み、絞り出し、押し殺した感情と。
風間さんからそんな言葉が聞けるとは思わなかった。
叶わない一方的な気持ちだと。
なかったことにしなければと。
そう思っていたのに。
あれだけ自分を責めて、どうしたらいいかわからず苦しんで、泣き続けていたのに。
そんな私に、彼は優しく問いかけた。
「…君の気持ちが知りたい。どうかな」
私の気持ちがどうか、なんて、そんなの決まってる。
抑えていた気持ちが涙となってあふれ出してくる。
声に出せず、やっとのことで大きく一つ頷くと、ふっと笑う声が聞こえた気がした。
涙でぐちゃぐちゃになった頬に、彼の指が触れる。
遠慮がないのに嫌な気持ちにはならない。
涙を拭ってくれているようだったが、あんまりにも私が泣くものだから、指だけでは収まらない。
指が離れたと思ったら、俯く私の頭に固い感触。
それが風間さんの胸だと気づくのにいささか時間がかかった。
全身に電気が走ったような衝撃。
一瞬何をされているかわからず、認識した瞬間恥ずかしさでいっぱいになる。
風間さんは私の頭を優しく撫でてくれていた。
背中に回るもう片方の腕が若干ぎこちない気がするのは、私の気のせいだろうか。
「ほら、もう泣かないで。かわいい顔が台無しだよ」
風間さんらしいセリフに、安堵感が胸に広がっていく。
私を優しく包みながら、彼は続けた。
「君に会えない間寂しかったと言っただろ。こんなにも多くの生徒がいることを、入学して初めて恨めしく思った。それまで毎日のように顔を見ていたのに」
「……」
「君は毎日誰と会って過ごしているのか、そんなことまで考えてしまってね。それが少し嫌だったんだ。僕とだけ会って、話してくれたらどれだけ嬉しいか…なんてことをね」
私の頭は、またかき乱されたようになっていた。
予想していなかった彼の誘い、言葉、温もり、気持ち。
処理が追い付かず、ただ嬉しいという感情で満たされていた。
「こんな僕を、ダメな男だと思うかい?」
自分の気持ちを言葉にして、風間さんに伝えたい。
泣きじゃくるのを落ち着かせながら、掠れる声で、気持ちをやっと口にした。
「…いいえ。すごく、うれしいです」
束縛するのも嫉妬するのも、君が好きだからこそ