………こうして。
私の部屋に<約束通り>彼は座っていた。
「恵美っ」
「………」
やり取りは帰路と変わらず。
怒る私をからかうように、彼が呼びかけ続けている。
「怒った?」
「………」
せっかく来てもらって何もしないのはさすがに気が引けるので、紅茶を用意してテーブルにそっと置く。
ありがとう、とさらりと言われ、返事をする代わりにぷいっと顔を背けた。
彼は早速紅茶に口を付けたらしい、かちゃりと小さいカップの音が響く。
「………」
「………」
そうして、沈黙。
いつもなら沈黙なんてないくらいに話しかけてくる彼も、今に限っては黙り込んでしまった。
…でも、今更普通に声をかけられない。
「恵美」
そんなことを考えた刹那。
普段より低い声で、彼が私を呼んだ。
その珍しさに少し驚いて思わず顔を上げると、普段弧を描いている口が真一文字に結ばれている。
あまり見ない真剣な表情に、一瞬鼓動が跳ねた。
「な、に」
しばらく声を出していなかったせいで、掠れた声での反応を返す。
彼は落ち着かせていた腰を上げ、じりじりと詰め寄ってくる。
「機嫌、直してよ。ごめんね」
「…謝るだけじゃ、」
許せない…と口にする前に、彼の温かな手が頭に乗せられた。
ゆっくりと大きな動作で撫でられ、緊張が走った。
気付けば彼が至近距離にいる。
しかし私のすぐ後ろには壁があって、逃れようにも身動きがとれない。
少し焦るような気持ちになる私を他所に、彼の手が後頭部を滑り落ちる。
そのままうなじ、首筋へ。そして背中。
ぽんぽんと小さく叩いたり、何度かさすったり。
私の反抗心は、彼の所作で少しずつ溶かされていく。
「謝るだけじゃ、何?」
「…っ!」
気付けば目の前に彼の胸があった。
彼の手はまだ私の背中を包んでいて、必然的に抱き寄せられるような形になる。
その体勢だけでもドキドキしてしまうのに、耳元で普段より低い声を聞かされてしまい、さっと頬が熱を帯びた。
「ねえ、教えてよ」
背中を撫でる彼の手が一瞬わき腹を掠め、びくっと体が反応してしまう。
そんな私の様子を笑うこともなく、彼は背中からまた首筋、そして頬を撫でていく。
片手で頬を包む彼の顔は、鼻と鼻がいまにも触れてしまいそうなほど近くにあった。
「……あ、えっ……と」
「言ってくれないとわからないよ」
吐息が、呼吸が、声が、熱が、近い。
頬を滑る彼の指が、唇をなぞる。
気付けばもう片方の手は、私の太ももを撫でている。
ふざけているわけでも、私で遊んでいるわけでもない。
そうした仕草の中、彼の瞳はずっと私を捉え続けている。
…彼は、ずるい。
「わたし、は」
「うん」
「………」
「……言ってよ」
ねえ、恵美?
再び甘く名前を呼んだ彼の唇が、私の口許にそっと触れた。
title by 子猫恋 log2