星空からはじまる僕ら



「なあ、倉田って星に興味あるか?」

私が驚いたのは、普段話をしない新堂くんが急に話しかけて来たからではなく。
彼のイメージにない「星」の話題を振ってきたから、だった。

イメージにないと言ったら失礼だけど、新堂くん=スポーツ、という式が私の頭の中に出来上がっていた。
彼は放課後になると決まって学校の周りをランニングしている上、休み時間も友達とスポーツに興じている。
体育の授業でも完全に主導権を握っているし、体育大会でもエース級の活躍だ。
少なくとも同学年の間では知らない人はいないだろう。

そんな彼の口から飛び出した「星」の話。

(星より寧ろ、その話題を出した新堂くんに興味があるよ…)

とてもそんなこと口にはできず、急にどうしたの、ととりあえず返答してみる。

「最近のニュース見たか?ペルセウス座流星群が明日見れるって」
「あ、昨日テレビで見たかも。私流れ星とか見たことないんだよね」

というより、星空をゆっくり眺めることもないかも。
そう付け足すと、新堂くんはうんうんと大きく頷いて応えた。

「せっかくだしよ、明日の夜見に行かねえか?」
「いいね、楽しそう」
「じゃあ明日の夜、校門前に集合な」

何時集合にするか?何時ごろが一番よく見えるんだったか?と頭を悩ませる新堂くん。
彼と私はただのクラスメートで、特別おしゃべりをしたこともない。
どうしてそんな私に声をかけてくれたんだろう。
どうして一緒に星を見たいと言い出したんだろう。
普段仲のいい友達とは見ないのだろうか。
些細な疑問がいくつも浮かんだが、それをすぐに打ち消して、私はそのお誘いを受けたのだった。



そして当日。
まだ蒸し暑さの纏わりつく空気をくぐり抜けると、見慣れた校門の前に新堂くんの姿があった。

「ごめんね、待たせちゃった」
「そんなことねえよ。行こうぜ」
「……え?行くってどこに?」

やはり星を見るのだから、近くの丘を登るのだろうか。
…なんて思案していると、彼の指は予想外の方を示した。

「どこにって、こっちだよ」
「…校庭?門は閉まってるよ?」
「そりゃ、乗り越えるのさ」
「乗り越える!?」

そんなこと考えたこともない。
新堂くんは慣れっこなのだろうか?
次々と浮かぶ不安要素を他所に、彼は身軽な動作で校門に足を掛け、あっという間にてっぺんを跨いだ。
唖然としている私に向け、左手を伸ばしてくる。

「ほら」
「え?」
「ひとりじゃ登れないだろ?お前」
「う……」

そんなことない、とはとてもじゃないが言えないので、おとなしく彼に甘えることにする。
私の体をすっと片手で持ち上げると、新堂くんは自分と同じように校門に座らせてくれた。
そうしてこっそりと、夜の学校へ足を踏み入れていった。



校庭の真ん中まで来ると、真っ暗な視界に小さな輝きがちりばめられているのが見えた。

「わあ…!」
「こういうところでもよく見えるだろ」
「うん!山とか高いところじゃないとよく見えないと思ってた」
「山はもともと明かりが少ないからな。こういうところでも、周りに街灯がなければ星はよく見えるんだ」

空を見上げたまま、彼は言う。
同じように空を仰ぐと、空一面に星々がきらめいていた。
その光景に言葉を失っていると、一瞬白い線が横切って見えた。

「お、さっそく見えたな。流れ星」
「わあ!私初めて見たよ!」
「空から目を離すなよ。運が良ければもっと見られるはずだ」
「うん!」

校庭の真ん中で、時々一言二言会話を交わしながら、しばらくそうして過ごした。
一時間ほど経った頃には、お互い首と肩の痛みでギブアップしてしまった。

「緊張しながら空を見てたからかな」
「だろうな」

二人して首を回しながら苦笑する。

「でも、流れ星たっくさん見えた!」

体は疲れて少し痛いけど、今まで経験したことのない感動が胸いっぱいに広がっていた。
あっちで見えたら次はこっちと、次々に見える流れ星。
私はその度、新堂くんと感動を共有した。

「新堂くんが誘ってくれたから。ありがとう」
「……おう」

笑ってお礼を言うと、新堂くんはばつの悪そうに視線を逸らしてしまった。
そういえば、どうして今日私を誘ってくれたんだろう?
再び浮かんだ疑問をぶつけると、それは…と、その視線を宙に泳がせた。
私はこんなに貴重な経験をさせてくれた彼に、心からのお礼を言いたかった。
そんな気持ちから出た問いかけに、彼はため息を一つついて俯いてしまった。

「あ……ごめんね、無神経に聞いちゃって」

はっとして謝罪すると、そういうのじゃねえ、と彼が勢いよく顔を上げた。
強いまなざしと視線がぶつかる。

「俺は……」
「………」
「お前を、もっと、知りたかった」
「………わたし、を?」

今までの元気が嘘のように、新堂くんは呟くようなか弱い声で答えた。
彼の言葉の意図がわからず、私はただ彼の言葉を繰り返す。

「お前と…もっと、仲良く……」

更に小さくなる彼の声が聞き取れず、小首を傾げる私を再び見上げ、彼は一瞬唇を噛んだ。

「俺は……お前が………好きだ」
「……!」

今度は私が顔を上げる番だった。
思いがけない一言に、頬が赤くなっていくのがわかる。
彼にもそれが伝わったのか、再び目線を逸らしながら続けた。

「俺と……付き合ってほしい」
「……ほんと、に?」
「…嘘じゃねえ」

かっこいいな、と前から思っていた。
あまり接点はないし、恋愛感情ではないと思っていた。
そんな相手からの告白に、言葉が上手く出てこない。
彼の気持ちに、うまく答えられない。
私が、すき………
初めての告白に、思考が追い付いてくれない。

「迷惑だったら……いいんだ」
「そんな…こと……ない」
「…え?」

ぎゅっと両手を握りしめ、俯きながら、何とか言葉を紡ぎだす。

「……うれしい」
「……ほんと、か?」
「…うん」
「……はは、ほんとか」
「うん」

互いに意味を確認しあうように台詞を繰り返すと、目を合わせはにかんだ。



「…ありがとな」

もう遅いからと、ぎこちない空気を断ち切るように、新堂くんは帰宅を促した。
そうして再び校門を乗り越え、二人で帰路についている。

「ありがとうだなんて」
「断られるかと思ったからさ」
「そんなことない!」

勢い良く否定し彼を見上げると、彼は見たことのない穏やかな顔で微笑んでいた。

「今日は、初めてだらけだよ」
「そうなのか?」
「初めて夜の学校に侵入して、初めて流れ星を見て、初めて…告白された」
「はは、貴重な一日だったな」
「でも…どうして?」
「何がだよ」
「どうして…私を好きって思ってくれたの?」

彼との接点の少なさが、気掛かりだった。
だから突然の告白に、うれしさと同時になぜ?という気持ちもあった。
彼は軽く笑うと、

「…お前は覚えてねえだろうな」
「………?」

聞き取れるかどうかという声で呟いて。
慣れない動作で右手を差し出した。



大きな右手に包まれて。
私の熱を帯びた左手は、もっと温かさを増した。



EHL.