考えれば考えるほど、自分がどうしたいかがわからなくなる。
彼がどうしたいのかわからなくなる。
どうして彼と一緒に過ごそうとしているのかがわからない。
風間さんへの様々な思いは霧のようにぼやけ、負の感情がじわじわと色濃くなっていく。
少しでも会ったり話したり笑いあうことが嬉しくて仕方なかったはずなのに。
今はそれが嫌で仕方がない。

私は約束していた二日後のお昼を断った。



そうして彼に会わないまま週末を迎えた。
心は抑揚なく、風間さんのことは考えないようにしていた。
嬉しい楽しい気持ちより、暗い感情ばかり生まれてしまうから。
風間さんは私と一緒に過ごしたいと思っているわけではないのかな。
他の人と遊ぶ方が楽しいのかな。
私から声を掛けたり会わないようにしたり、そうすれば風間さんも周りの人たちも幸せになれるかな。
そうして沈んだ気持ちのまま、月曜日がやってきた。

はっきりした約束はなく、私もそんな気持ちでいたから、極力教室から出ないようにして過ごした。
それでも心のもやもやはなくなってくれない。
あんなに色々と考えていたのに、風間さんの声が聞けないことを残念に思う自分がいる。

そんな考えが伝わったのだろうか。
放課後、私が教室を出ると、彼はそこにいた。
廊下で壁に寄り掛かりながら、腕を組んで遠くを見つめ、その表情は愁いを帯びている。
初めて見る顔に一瞬どきっとした自分を少し恨みながら、恐る恐る声をかけた。

「…風間、さん」
「……恵美ちゃん」

互いに名前を呼び、沈黙する。
こんな空気も初めてだった。
どうしたらいいかわからず戸惑っていると、彼は寄り掛かっていた背中を起き上がらせ、とりあえず行こうと先導して歩き始める。
あんなに考え悩んだのに、今の私は風間さんへの罪悪感でいっぱいだった。
あの表情をさせているのは私のせいだ、と。
私自身も風間さんの振る舞いに思うところがあるはずなのに。

「…少し、話そう」
「……はい」

そんな思考は、風間さんの一言に阻まれた。
あの時と同じように公園へ向かい、ベンチに腰を下ろす。
それを拒否する理由はなく、そうしたいわけでもなかった。
しかし座ってしばらくしても、しばらく沈黙がその場を支配した。
私は意を決して、小さく口を開いた。

「…どう、したんですか」

白々しい、と自分でも思った。
なぜ風間さんが私を待っていたか。
なぜこの公園に二人で座っているのか。
自分でもわかり切っているのに。
風間さんからそれを聞きたいというわがままが、口をついて出てしまったのだ。
それを知ってか知らずか、風間さんは目を固く閉じ、深く息を吐いた。

「…僕は、君に」

あの風間さんが言葉に詰まり、地面を睨むように見つめている。
その姿に心がざわつく。

「わたし、」

そして思わず口を開いていた。
何を言おうかと考えていなかったのに、風間さんに言わせてしまってはいけないと、変な正義感のようなものがそうさせたのだ。
風間さんはこちらを見るわけでもなく、しかし口を固く閉じ、私の言葉の続きを待っているようだった。
嫉妬や嫌悪感が、風間さんに会って話していると落ち着いていくのがわかる。
同時に、自分がどうしたいか何を言いたいか、それがくっきり形作られていく感覚。
今までとは違う、今こそは、自分の本当の気持ちを伝えなければ。
風間さんにどう思われるかより、自分の気持ちを彼に知ってほしい。
それが一番の望みだった。

「わたし、もっと、風間さんと一緒にいたい。お話したい。風間さんが他の人と話したり約束したりしているのを、恨めしく思ってしまうんです。
もっと私と一緒の時間を、作ってほしい、です。風間さんが今他の人と楽しく過ごしているのかなとか、考えるのがつらくて」

一度口にすると、とめどなく自分の感情が溢れ、言葉となって零れていく。
以前と違って涙は出ない。
悲しいというより、風間さんに自分の気持ちが伝わってほしい切望が勝っていた。

「…恵美ちゃん」

ふうと小さなため息の後、風間さんはゆっくりとこちらを向いた。
眉尻は下がり、顔はこちらを向いているが、目線は地面に落ちたままだ。
少し目線を泳がせた後、躊躇いがちに口を開こうとする。

同じだ。
きっと風間さんも。
彼が口にする前に、私には何となくわかった。
私は風間さんの言葉をじっと待った。

「…ごめんね。僕はまた、君につらい思いをさせてしまった。僕は、君と一緒に過ごせることが嬉しいと思っていたけれど。
それなのに他の人との時間も優先してしまった。君がどう思うかなんて、わかるはずなのに、断ることができなかったんだ」

目が合う。
ゆっくり目を閉じ深呼吸を一つすると、彼は続けた。

「僕は君に、まだ伝えていないことがあるんだ。…聞いてくれるかい?」

戸惑いから一瞬言葉に詰まる。
まだ、伝えていないこと?
思い当たる節がなく、不安が胸に広がる。
やっと小さく頷いた私とは違い、柔らかな口調で彼は続けた。

「この前公園で話した時、言おうとして言えなかったことさ」

一瞬優しい表情をしたあと、口をぎゅっと一文字に結ぶ。
もう一度深呼吸をした風間さんが、いかに言い出しにくいことを言おうとしているかが伝わってくる。
できるだけ気持ちを落ち着けて、私は今一度頷いて続きを待った。

「回りくどいことは言わない。僕は…君が好きなんだ」

一瞬で頬が熱いくらいに熱を持つ。
公園で話したあの日、彼はもっと自分を知ってほしいと言った。
もっと自分を見てほしいと言った。
その真意がわからず、でも同じことを望んでいた私は、それ以上は考えなかった。
それが今はっきりと言葉にされて、鼓動は早鐘を打っていた。

「もっと一緒に過ごしたいとか、そんなぼんやりとしたことはもう言わない。僕と、付き合ってほしい」

あ、と思わず声が漏れる。
優しく、ふわふわとしたような雰囲気の風間さんから伝えられた、まっすぐな言葉。
心の奥の隅の方で、きっと私が望んでいたこと。
これまで抱いてきたいくつもの負の感情。
頭の中は乱雑に、しかし徐々に整理されていく。
それが明確になる前に、本能のままに、私は言葉を発していた。

「わたし、風間さんと一緒に過ごすのは本当に嬉しかった。でも嫉妬の気持ちが、どうしても離れなくて。
風間さんはどうして以前あんな風に言ってくれたんだろうって思っていました。私も、同じ気持ちで、」

まとまらないまま発する私の言葉を、僅かに微笑みながら彼は聞いている。
風間さんははっきりと気持ちを伝えてくれた。
私も、一番の気持ちを彼に伝えなければ。
風間さんと同じように深呼吸を一つすると、改めて彼の目を見つめた。

「…私も、風間さんのことが好きです。私と、付き合ってください」



お互いの気持ちが伝わらず、すれ違い、自然と開いてしまった距離。
風間さんの言葉で、私の感情で、それは以前よりも縮まっていく。
私の中に渦巻いていた負の感情は、風間さんの言葉で落ち着いていった。
今の私を満たすのは、彼が好きだという気持ち。
彼が私を好きだという気持ち。
互いの思いが通じ合った喜びだった。



「…ごめんね」

ベンチに腰かけたまま、彼は再び謝罪の言葉を口にした。
何に対してかわからず首をかしげると、風間さんは困ったように微笑んで続けた。

「今まで色んな女の子と遊んだりご飯を食べたりすることが、当たり前だったのさ。もし僕が恵美ちゃんと同じ立場だったら…。
そんな風に考えたことはなかったんだ。君を…好きになって、初めて気づいたのさ」
「風間さんが人気だって、知ってました。それでも…嫌だなって、思ってしまったんです」

もっと私と過ごしてほしい、と。
再び気持ちを打ち明けると、風間さんは微笑みながらゆっくりと私の頭を撫でた。
その優しさにくすぐったさを感じ、照れくさくて目を伏せる。

「これからは、もっと一緒にいよう。遊びに行こう。そして僕のことを、もっと好きになってほしいな」

初めて見る彼の笑顔。
微笑みではなく、心から笑っていると伝わってくる表情。
打ち明けられた気持ちと相まって、恥ずかしさで顔を逸らす。
すると彼の手が頬に伸び、強制的に彼の方を向かされる。
笑顔から一転、風間さんは真剣な眼差しで私を見つめていた。

「もう君を不安にはさせない。約束するよ」
「風間さん…」
「だから恵美ちゃんも、思ったことは言ってほしい。どう考えているか、どうしてほしいか、もっと教えてほしい」
「…はい」

いい子だと言うように、再び彼が私の頭を撫でる。
その温かさに、私の負の感情は溶けて消えていくような感じがした。
もう不安はない。
私は風間さんを見つめ、互いに笑いあう。
本当の気持ちを伝え合った私たちに、きっともう怖いものはないのだ。






EHL.