風間さんが異性に人気があることは知っていた。
それが今まで私の目に入ることがなかったから、それはどこか別の人のことのように思えていた。
私の心が大きく動いたあの日、その一端を垣間見た。
その後自分の気持ちを伝えたことで、それをなかったことのようにしてしまっていたかもしれない。
目の前の光景を呆然と眺めながら、無意識に下唇をかみしめていた。
風間さんと過ごす時間を少しずつ重ねていくにつれて、意外な一面を見ることが増えていく。
意外というより、知らなかった一面と言う方が正しいかもしれない。
私の風間さんに対する知識は、ちっぽけで偏ったものしかなかった。
恥ずかしがったり、余裕がなさそうにしたり…。
風間さんが時に見せるそうした表情は、特に私を惹きつけるのだ。
毎日というわけにはいかないが、お昼を一緒に食べたり、一緒に帰ったり、変わらない日々を送る。
そんな私の日常に入り込む異物感のようなものが徐々に増えていくのを、見過ごすことは出来なかった。
とある日の昼休み。
たまには屋上で食べようと前回の下校中に話をしていたので、昼休みのチャイムが鳴るとすぐに屋上へ向かう。
友達に風間さんとのことはまだ話していない。
最近大会が近く練習が増えているようで、私が言う前に部活へ向かってしまうのだ。
風間さんと屋上で会うのは例の日ぶりだと思いながら、屋上へ通じる階段を上がっていく。
あの人とその後どうしているんだろう…なんてことを一瞬考えてしまった。
屋上の扉を開けると、そこにはまだ誰もいなかった。
私は足を踏み入れてすぐの手すりに寄り掛かりながら、風間さんが来るのを待った。
「えーどうしてダメなの?」
「私たちとご飯食べようよ〜」
女子生徒数人の甲高い声が聞こえてくる。
屋上を利用する人は多いから、こうして徐々に屋上は混みあっていくのだろう。
ぼんやりと遠くの景色を眺めながらそんなことを思っていると、そんな女子の声に混じって男子生徒の声が耳に入った。
「ごめんね、今日は約束があって」
全身が強張り、お弁当を持つ手をぎゅっと握り締める。
それは紛れもなく、私が待っていた人の声だった。
「どうしてもダメなの?」
「じゃあ明日!」
「ふふ、わかったよ。また明日」
「絶対だよ!」
刺さるような女子生徒の声と足音が遠ざかっていくと、一つの足音が私に近づいてくる。
心待ちにしていたはずなのに、その方を振り向くことができない。
そんな私の背中に、彼は普段と変わらない声色で呼びかけた。
「恵美ちゃん、待たせてしまったかな」
「……いえ、来たばかりですから」
彼に見えないように、目をぎゅっと瞑り息を大きく吐く。
出来るだけ平静を装って振り向くと、陰になりそうな場所を選び、並んで座った。
座ろうとしたときに彼がハンカチを敷いてくれた優しさを、素直に嬉しいと感じることは出来なかった。
食べながら何を話していただろうか。
上の空になってしまってあまり覚えていない。
風間さんに失礼だという気持ちもあるが、それ以上に女子生徒のことが頭にこびりついてしまっていて。
お弁当を食べ終わり、昼休みも終盤といったところで、私は恐る恐る彼に聞いた。
「風間さん、明日は…」
「ああ、明日は…ちょっと難しいかな。あさっての昼休み、中庭でいいかい?」
「…はい」
予想通りの返答に、心がずしんと重くなるのを感じた。
きっとさっきの人たちと一緒に過ごすんだ。
胸がぴりぴりと軽い痛みを生む。
こんな気持ちはあの日だけと、どうして勝手に決めつけていたのだろう。
自分の甘い考えに苛立ちさえ感じた。
風間さんは女子生徒から人気がある。
それはわかっていたのに。
あの日に痛感したのに。
少し風間さんと仲良くなったから、それがなくなるわけではないのに。
私の心には、以前よりはっきりと嫌悪感と嫉妬の感情が広がっていた。
放課後、下駄箱で靴を履き替えていると、風間さんが数人の女子生徒と連れ立ってこちらに歩いてくる。
ああ、まただ。
ぱちんと火花が散るような小さな痛みが胸に広がる。
そそくさと下駄箱を後にし、すぐ脇に隠れるように立つ。
その会話は嫌でも耳に入ってきた。
「今日もだめなの?」
「ああ、すまないね」
「明日は用事があるの、明後日お茶しよ?」
「明後日か。わかったよ」
「やった!楽しみにしてる!」
弾む声と足取りで下駄箱を飛び出すと、数人の女子生徒は楽しそうに下校していった。
私はそれをただぼんやりと眺めていた。
風間さんが私を呼んでいることにも気づかずに。
「どうしたんだい?さあ、帰ろう」
「……はい」
できるだけ笑顔を作り、連れ立って校門を出る。
普段通り雑談を楽しみながら、ゆっくりと歩いて帰路を行く。
風間さんはおそらく、私と帰るとき、自分の歩くペースより遅く歩いている。
できるだけ一緒の時間を増やしたいと思ってくれているのだろうか。
予想ではあるが、それが少し嬉しかったのだ。
それがどうして今は、こんなにももどかしいのだろう。
「ごめんね、次に一緒に帰れるのは週明けになりそうだ」
分かれ道の直前、彼は申し訳なさそうに言った。
私はそれを、気持ちの抑揚なく受け入れた。
またねと手を振って別れて、家に着いて、お風呂に入って、ご飯を食べて。
そして自室に入った瞬間、糸が切れたようにその場に崩れ落ちた。
今日のことが、ぎゅっと閉じた瞼に浮かぶ。
女子生徒との複数の約束。
私と一緒に過ごせないと言う風間さんの表情。
楽しそうに風間さんと喋る女子生徒の声。
私と話している風間さんの穏やかな顔。
そして、あの女子生徒たちと過ごしている風間さんの姿。
私は優越感に浸っていたのだろうか。
ただはじめより少しだけ、風間さんと仲良くなっただけだったのに。
私と会うより前から付き合いのある女子生徒なんて、いくらでもいるに決まっている。
そんな人たちに、ぽっと出の私が敵うわけがない。
明確な嫉妬、劣等感、自己嫌悪、そういった感情で全身が膨れ上がるような感覚に襲われる。
以前より風間さんと過ごす時間は増えた。
しかしそれ以上に、私が知らなかった、知りたくなかった一面も目の当たりになっていく。
苦しい。
他の人とのことなんて見たくない。
自分の望む結果に落ち着いたはずなのに、以前より劣情が自分の中を満たしているのだ。
こんな気持ちを望んだわけではない。
あの日以前の方が、まだ。
力なく床に座り込む私の頬を、すっと涙が一粒伝っていった。
いっそ嫌われてしまえば楽になれるのかな、とか